【2013年7月】のアーカイブ

2013

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7

空を見ろ!

 「空を見ろ!」「鳥だ!」「飛行機だ!」「スーパーマンだ!」「いや、ヘリコプターだ!!」(一番下の連続写真参照、目を凝らして見てくださいネ)

 スーパーマンの新作映画「マン・オブ・スティール」が8月30日から公開されるので、ウケを狙ってみました(滑ってる!!)。スーパーマンと聞いたら、この台詞、若い人でもが浮かぶのかな?

 この写真、7月23日に東京消防庁本部庁舎(大手町)の屋上に離着陸する同庁ヘリコプターの訓練風景です。北西約300メートルにあるパレスサイドビルからパチリとカメラに収めたもの。午前10時55分頃に西の上空、武道館方面から米粒のような、お馴染みの赤い機影が現れ、皇居を回るように桜田門付近でホバリング(空中で留まる状態)して、予定の11時ピッタリに本部庁舎に無事着陸。すぐに離陸し再度、着陸離陸を繰り返していました。

 東京消防庁の広報課から撮影依頼がありました。高層ビルからでは見下ろす形になってしまいますが、当ビルは本庁舎よりやや低く、屋上から撮影可という「希少物件」が故の依頼と思われます。もちろん、二つ消防離着陸:撮影風景jpg返事でOK。だって、面白そうだから・・・(不謹慎でスミマセン!)。立ち会いのため、いそいそと撮影現場へ。その様子が㊨の写真です。

 広報課の方に話を聞くと、東京消防庁航空隊は、立川飛行場(立川市泉町)及び東京ヘリポート(江東区新木場)の2か所に基地を有し、ヘリコプター7機を運用、ヘリコプターにより、上空からの情報収集活動、消火活動、山岳・水難等の救助活動、内陸及び伊豆諸島での救急活動等、多種多様な任務を遂行するとともに、大規模災害発生時には、国内外を問わず出場し活動大規模災害発生時や緊急消防援助隊としての出動。本部庁舎、東京都庁、消防庁の屋上ヘリポートで、隊員を迅速に災害現場へ派遣するための離着陸訓練を定期的に実施している。(広報課の方の話し方に倣って、文章をキリっとしてみました)

 そんな折、山口、島根両県などの局地的な猛雨で、水没した家の屋根から親子3人がヘリで救助されている場面をテレビで見ました。こんな救助劇の裏に、日々の厳しい訓練を重ねる努力があるのだと、頭の下がる思いです。

   

 先週26日、竹橋から東西線で飯田橋へ2駅。たまたま神楽坂に飲みに行ったら、お祭りをやっていました。それも、阿波踊りです。

 この日の都心の最高気温は32.3度。午後7時ごろでしたが、まだ30度近くじゃないかなというのが体感的感想で、湿度が高くて、道の両側を埋める見物人らの熱気とも相まって、5秒で汗だく、っていう感じでした。

 神楽坂まつりは神楽坂商店会主催の夏まつり。今年は42回目で、テーマが二つ。まず、震災後からの「がんばろう!日本」。期間中、募金等を実施。もうひとつ、「ゆかたでおいでよ神楽坂」として、ゆかた姿での買い物・飲食に特別サービスなんていう企画もあったとか。毘沙門天善國寺を中心に開かれる「ほおずき市」(24、25日)と、神楽坂通りでの「阿波踊り」(26、27日)の2部構成。毎年、このパターンで開催されています。

 釈迦に説法ですが、阿波踊りを構成するグループを「連」といいます。神楽坂祭りには、地元の商店街関係者らを中心にしたかぐら連、神楽坂みずき連、だむだん連、なにがし連をはじめ、新宿区役所つつじ連、東京厚生年金病院連、新宿白衣連(以上新宿区)、堀切あやめ連(葛飾区)、北の御門連(千代田区)、江戸粋連(江戸川区)、新粋連(文京区)、目黒銀座連(目黒区)、駒沢病院リハビリ連(世田谷区)、だいこん連(練馬区)など、また阿波踊りが盛んな高円寺(杉並区)から天狗連、飛鳥連、江戸歌舞伎連、いろは連、菊水会菊水連、志留波阿連、粋連、ひょっとこ連など多数が参加、さらに静岡県・浜松市連、郡名県・上州高崎どですけ連、埼玉県・ほおずき連、千葉県・惣の風連、あるいは阿波踊りをベースにした創作舞踊集団「寶船」といったプロも含めて、すごい数です。

 本場の阿波踊りは大通りなど平地で行われま2013072619020001.jpgすが、ここでは外堀通りの神楽坂下から上り坂が続くので、体力勝負の過酷なパフォーマンスなのだとか。

 一番、阿波踊りっぽい写真はですが、ちょっとブレてますネ。でも、空気が蒸してる雰囲気が伝わったりしませんか? とにかく、暗いし、人が多いし、暑いし、まだスマホじゃないし・・・っていうのは言い訳ですけど、悪条件のなかでは頑張ったつもりです。

 竹橋はじめとする駅で、スマホなど携帯端末を歩きながら扱う「ながら歩き」への警告ポスター(東京メトロとJR東日本)を7月19日の当ブログで紹介しましたが、ポスターでどれだけ効果あるのかな~と思う方も多いでしょう。正直、私も悲観的なんです。

 そんな時に、海外の粋な注意喚起の手法が伝えられました。「"ほしい未来"をつくるためのヒントを共有するウェブマガジン」と銘打った「greenz.jp」で紹介されたニューヨークのパフォーマンス集団「Improv Everywhere」の取り組みです(http://greenz.jp/2013/06/24/seeing-eye-people/)。日常の街なかに突如現れ、即興のエンターテイメントを繰り広げる人たちだそうですが、彼らの新作映像としてYouTubeにアップされた「Seeing Eye People」(http://www.youtube.com/watch?v=kNyTqIsrk0w&feature=player_embedded)がなかなか秀逸です。

 このネーミングは、英語で盲導犬を表す「seeing eye dog」をもじったも盲導人2.pngので、「盲導人」と言うのでしょう。㊤や㊨の写真のように、オレンジのベストを着た「Seeing Eye People」が盲導犬のように「ながら歩き」する人々の「目」となって道を歩くというパフォーマンスです。「ながら歩き」の人々はついて歩くだけだから、スマホやiPadに集中できるわけですが、その姿の滑稽さと危険を、画像は強烈に印象付けます。greenzの記事は、「『人の振り見て我が振り直せ』ではないか。自戒も込めて」と結んでいます。

 ちなみに、「ながら歩き」はもちろん、日本の専売特許でなく、米国のけが予防機関「Injury Prevention」の調査(シアトルの20か所の交差点で1,102人の歩行者対象)で、3分の1(約330人)は道路を歩きながら電話で話しているか、音楽を聴いているか、携帯電話にテキスト(SMS)を入力しているとのこと。このテキストを入力している人(texters)はそうでない人よりも18%も歩くのに時間がかかり、textersは信号無視や交差点で自動車・歩行者を確認しない確率がそうでない人の約4倍に達するそうです。そして彼らは危険だとわかっていながらも、止めることなく続けるのだそうです。「ながら歩き」しないと歩けないくらいの依存症になってしまっている?

 車両内で映像を流せる電車も増えているのですから、「盲導人」のちょっとブラックな映像を流してみたら、結構、効果があるんじゃないでしょうか。

 竹橋からも近い千代田区麹町。都心のビジネス街なのに、ぷらぷら歩いていると、次々に銅像に出くわします。

 先日、老舗の鰻屋さんを訪ねた東京メトロ半蔵門線の麹町駅前に「夏の思い出」(吉野毅・作)という幼い男の子のブロンズ像を見かけました聴く.jpg=写真。ちょっと小便小僧っぽい腰つきですが、釣竿でまさに釣りあげようとしてるところでしょうか。麹町4丁目交差点角にあり、とっても目立ちます。

 ここから、新宿通りをJR四ツ谷駅方面に歩くと、四ツ谷駅の100メートルほど手前の進行方向右側、みずほ銀行前に、少女が石永遠なる少女.jpgに座って何かを聞いている「聴く」(富田憲二・作)=写真㊧。その向かいの上智大学の手前には、元気に左手を挙げた「永遠なる少女」(鈴木清貴・作)=写真㊨=があります。

 JR四ッ谷駅前のサンサン広場まで行くと、少女と男の子のブロンズ像です。姉弟でしょうか、少女が枝に止まったトンボに人差し指を向け、回しながら採ろうとしています。名前は「トンボ釣り」(伊佐周・作)=写真㊦㊧=とあります。

 麹町駅から逆方向、半蔵門方面に少し行った麹町1丁目に2人の少女が手を結び、輪になって踊る「そよ風」(伊佐周・作)=写真㊦㊨=も見かけました。

トンボ釣り.jpgそよ風2.jpg このブロンズ像は1991年、地域の美化活動に取り組む地元の住民や商店約140社でつくる「麹町地区環境整備協議会」が新宿通り1キロほどの拡幅に合わせて建てたもの。今回、見落としましたが、さらに麹町5丁目の「仲良し公園」にある「飛び込み」という少女の像も含め、全部で6体あるそうです。オフィス化が進む中でも温かみのある街にという願いを込めているとのことです。

 ちなみに、新宿通りは、像がある半蔵門から四谷駅までの区間を、地元の要望で「麹町大通」と呼ぶようにして、地図上も、路上の看板も、正式な名称になっています。これも、地元の人たちの街を愛する気持ちでしょう。

 ビジネス街に、一見不似合いな子どもたちの像のようですが、ここにも昔から住む人々がいて、その中にはもちろん子どもたちもいるわけで、子らにすくすく育ってほしいという人々の思いが、6体の像に込められているのですネ。

 夏休みに入って、竹橋から地下鉄東西線の大手町・中野方面に乗ると、ディズニーリゾート帰りの家族ずれや学生グループを見かけますネ。たぶん、そんな人たちの手にするお土産で一番多いのが縫いぐるみをはじめとするダッフィー関連グッズではないかと思います(正確には、ダッフィーのガールフレンドのシェリーメイも含むグッズ)。
 ダッフィー&シェリーメイは東京ディズニーシーでしか会うことができない人気キャラクター。ディズニーシーに行ってしばらく歩くと、ダッフィーかシェリーメイの縫いぐるみを持っている人の多いこと、って言うか、持ってる人だらけ。我が家も、ねだられてシェリーメイを買いました。
 アトラクションの混雑に疲れて、早めの昼食にすることにして向かったのがケープコッド・クックオフというレストラン。なにしろ6時起きでしたから、10時過ぎでお腹ぺこぺこです。ここでダッフィー主役のショー「マイ・フレンド・ダッフィー」=写真㊤=が楽しめます。
 このショーではダッフィー誕生の秘密を再現してくれます。ミニーが、長い航海に出るミッキーが淋しくないようにとプレゼントしたクマの縫いぐるみがダッフィーです。だから、顔の白い部分がミッキーの形になっていて、足の裏の肉球部分やお尻の近くに「隠れミッキー」のマーク付き。この誕生物語は絵本にもなっています。やっぱり、カワイイ!!
 ちなみに、レストランは①ショーを見ながら食事できる列に並ぶ②レジで注文して飲食物を受け取る③正面入り口から右側のダイニングエリア入り口へ行き、空き席ができてキャストが順番に案内してくれるのを待つ④着席の際に渡される札に書かれた時間まで滞在――というシステム。席が前の方か後ろかは全くP1040846.JPGの巡り合わせの運命です。ショーは2本あり、1つが上演時間約10分(間に5分の休憩)。私は10時15分に着席し、利用時間は11時まで。持ち時間は45分くらいあり、落ち着いて食事しながら余裕でショーを楽しめます。
 園内では専用のお洋服も販売していて、本当のマニアは、季節季節の服を何枚も購入し、縫いぐるみも何体も買い揃えて、それぞれに着せて飾るそうです。我が家では子供の赤ん坊時代の服で間に合わせてます=写真㊨。結構、似合ってると思うんですが・・・シェリーメイ、許してネ!!

 サルが滑る?ほど滑らかな木肌を持った百日紅(サルスベリ)が、パレスサイドビル西口玄関前から東側の平川門交差点までの約200㍍の間に55本植えられています。平成14年度から始まった都の「東京ふれあいロード・プログラム」にパレスサイドビルも加わって、潤いのある道路空間づくりに協力しているのですが、白・ピンク・紅・紅紫の濃淡色の花が夏の炎天下と記録的短時間の大雨にも負けずに可憐に咲いています。

 それにしても昨日の雨は1時間に100㍉なんて、とんでもない豪雨でした。『バケツをひっくり返したような』という形容詞のつく雨でも1時間に50㍉くらい。バケツの2倍の量がいきなり襲いかかってきて、辺り一面真っ白で滝の中にいるかのような雨でした。(スミマセン、滝の中ではなく、パレスサイドビルの中から窓外を唖然と見ていただけですが...)

 さて百日紅は、春の芽吹きは他の多くの木たちの中でもけっこう遅めなのですが、ひとたび咲き始めると花期の長い花です。3カ月近くの間、咲き続けます。もちろん、1つの花が3カ月咲き続けているわけではなくて、1つの花が咲いて散った後、同じ枝からさらに新しい花が次々と咲き出すので、いつまでも咲き続けているように見えています。ちょっとずるいけれど、この花期の長さが百日紅の名の由来の一つです。

濃ピンク.JPGのサムネイル画像 花にはいろいろな伝説があるものですが、アジアには百日紅に悲しい恋物語を伝えている国もあります。

 むかしむかし、旅の途中の王子が竜神の生贄にされた娘を救い、その娘と恋に落ちます。しかし、旅の使命を果たすまではと、王子は百日後の再会を堅く約束して娘と別れ、再び旅を続けなければなりません。ところが、約束の百日後を目前にして娘は急に亡くなってしまい、戻ってきた王子はそれを知って嘆き悲しみます。やがて娘のお墓から1本の木が生え、紅色の可憐な花を咲かせました。その花は、いつまでもいつまでも咲き続けたため、百日後の再会を願って恋人を待ち続けた可憐な娘の生まれ変わりに違いないと、村人達はこの花を百日紅と名づけました。

 花言葉や花の伝説を紹介している方のWebページからの受け売りですが、可憐で良い名ですね。

2013

23

7

土用の丑の日

 22日、鰻を食べましたか? そう、土用の丑の日でした。パレスサイドビルにも鰻屋さんがあったのですが、時の流れか、春に店を閉じられ、いつでも食べられる状態になくなったのは残念。九段下あたりに出れば良い店もありますが、暑さに少々たじろいで、22日は食べそこなってしまいました。同じような方もいるでしょうネ。でも、今年は大丈夫。8月3日も土用の丑の日です。

 釈迦に説法ですが、土用は中国の「五行」(全ての物事は木、火、土、金、水に当てはまる)に由来する暦の雑節(五節句・二十四節気以外の季節の移り変わりの目安となる日)の一つです。五行では、春=木気、夏=火気、秋=金気、冬=水気、残った土気は季節の変わり目に割り当てられ、土用と呼ばれます。立夏、立秋、立冬、立春の直前期の約18日間を示します。

 「丑の日」は、十二支の干支が「丑」の日で、12日で一巡ですから、土用の間(約18日間)に1回ないし2回、回ってきます。土用はシーズンごとに年4回あり、丑の日もそれぞれにありますが、通常は夏の丑の日を指します。

 で、今年は土用の丑の日が2回ある年。7月22日が「一の丑(の日)」、8月3日は「二の丑」となります。で、8月3日は鰻を絶対に食べようと、個人的に決意しているわけです。

 なぜ丑の日に鰻か。起源は江戸時代と言われ、最有力とされる説は、日本のレオナルド・ダ・ヴィンチとも言われる江戸時代の蘭学者にして発明家の平賀源内(1728~1780年)が、知りあいの鰻屋を応援しようと、「本日、土用の丑の日」と書いて店先に張り紙をしたところ大繁盛し、他の店も真似るようになったというもの。他に、天明期を代表する文人・狂歌師の蜀山人(大田南畝、1749~1823年)が「丑の日に鰻を食べると薬になる」という内容の狂歌をキャッチコピーとして考え出したといった説などもあるようです。

 真相はさておき、「うしのひ」と「うなぎ」の語呂がよく、また、そもそも丑の日に「う」の付くものを食べると夏負けしないという言い伝えがあり、鰻以外にも各地で梅干しや瓜、うどん、馬肉(うまにく)を食す習慣がある(あった)という解説も聞きます。

 いずれにせよ、ビタミンA、B1などが豊富な鰻を食べて夏を乗り切ろうというのは、栄養学的には合理性があるわけです。

 もっとも、味としてこの季節はどうか、と言う声はよく聞きますネ。魚がおいしいのは、やはり寒くて脂がのり、身が引き締まる秋から冬だというのは、一般論として正論。実際、諏訪湖に面した鰻の町、長野県岡谷市では商工会議所などが「うなぎのまち岡谷の会」を組織し、鰻料理を扱う業者らが、「鰻の旬は冬。この『寒の土用丑の日』に、『岡谷の寒うなぎ』を食べましょう」と呼びかけています(ホームページ「http://www.okayacci.or.jp/unagi/doyo/」)。

 まあ、冷凍技術も進歩し、いつ食べても美味しいですけどネ。

 第84回都市対抗野球大会(毎日新聞社、日本野球連盟主催)は大詰め、22日準決勝があり、23日は決勝です。

 元茨城県民として、20日の土曜第1試合、日立市・日立製作所の応援に行ってきました。大阪府門真市・パナソニック相手に、勝てばベスト8という試合で、順調に得点して5回まで4-1とリードし、快勝を予感しながら、午前中から美味しい麦酒を飲んでいましたが、6回に痛恨の逆転満塁本塁打を喫し、その後も加点され、最終回に1点差まで追い上げたものの、力尽きました。本当に惜しい試合でした。(;´д´)

 都市対抗と言えば応援も見逃せないですよネ。いや、チアガールもいいですが、何より、社会人らしい礼儀・相手への敬意は、まさにアマチュア精神の真髄。21日朝のTBS「サンデーモーニング」のスポーツコーナーで、ご意見番の張本勲さんが、試合前の相手チームを応援し合う際、応援を受けるチームの応援リーダーが整列して何分間も深く頭を垂れてエールを受けることを称賛。ゲストの石毛宏典さん(銚子高-駒沢大-プリンスホテル-西武ライオンズ)も、「(都市対抗野の)あの応援を見て、(社会人の)チームに入ると決めた」という趣旨の話をしていました。

  「都市」とは言え、企業チームがほとんどですから、社員、関係者以外はどうかな~と思う人も多いでしょうが、良くも悪くも、企業城下町的なところでは、地域の代表との意識がチームにも住民にも強いです。日立は、そのサンプルとも言うべき典型的な存在です。今年の32チームの中で、企業名の下に都市名がついているチームはいくつもありますが、企業名と都市名が一致しているのはP1040892トリ.jpg実質的には日立だけ(しいて言えば東京都の東京ガスもそうですが・・・)。日立市は、全市規模の夏祭りがなく、都市対抗がその代わりというか祭りそのもの。だから、JRの貸し切り列車や貸し切りバスで応援団が大挙やってきます。17日の初戦は夕方からの試合でしたが、1万数千人がそろいのオレンジのポンチョを着て外野席のバックスクリーンまで埋め尽くし、ドームを揺るがす応援を繰り広げ、そのままバスで帰る"弾丸ツアー"も。20日は、初戦よりは少ないものの、やはり1万人規模の応援団が外野の半ばまで埋めました=写真㊨。年によってはバックスクリーンを超えて敵陣の外野席まではみ出すケースもあるそうです。

 チアガールのことも少し書きます。30数年前P1040879トリ.jpg、九州で社会人野球を始めて見たころ、チアガールは新入女性社員の"必修科目"といった趣の会社も多く、中には渋々、やっていた人もいたのでしょう。今なら、「チアガールを命ず」なんて業務命令を出したらパワハラでしょうか。今も車掌さんがチアリーダーを務めるJR東日本など、社員チアは少なくなりました。

 その代わり、大学の応援部・チアリーディング部に頼むのが多いようです。もちろん、アルバイトでもあり、学生には貴重な活動資金を得る機会です。あまり夢を壊すのも何ですから、どこの大学がどの企業というのは、書きませんが、多くは、毎年同一の大学に依頼しているので、お互い、勝手も分かっていて、息もぴったり。日立も、一番㊤や㊧の写真のように、某6大学の学生さんたちが元気いっぱいの応援でスタンドを盛り上げてくれました。(ヘンな"写真小僧"排除のため、接近して撮影できませんでした)

 竹橋はじめ駅で多機能携帯電話など携帯端末を歩きながら閲覧している人が増えています。っていうか、そんな人だらけ、っつー感じさえします。

 これに伴って、事故も増えているようです。5月にはJR四ツ谷駅で、携帯を操作しながら歩いていた小学5年の男児が誤ってホームから線路脇に転落しました。直後に電車が進入したものの、車両とホームの隙間に倒れていたため大惨事には至りませんでしたが、中央線快速は上下計24本が最大43分遅れ、約23,000人に影響が出たとのこと。今回がどうか分かりませんが、鉄道事故では損害賠償を原因者が求められることもありますから、ご注意を。

 この話で子供の頃、本(マンガ?!)を読みながら歩いて親や先生に怒られたことを思い出します。二宮金次郎さんの銅像はどうした、と心の中で突っ込みを入れたか、記憶は定かではありませんが、ダメなことは理解しました。

 携帯電話の普及に伴い、自動車や原付の運転中の使用は2004年の道路交通法改正で禁止されましたが、歩行中に関して禁止する法律などはありませんネ。でも、従来型携帯に比べ、小型のパソコンのような機能を持つスマホの場合、画面を食い入るように見る傾向が強く、周りに気づかなくなる危険性が高まるといわれます。

 さすがに、なんとかしようという機運は盛り上がっているようです。JR東日本は四谷の事故などを受け、6月10日、「携帯電話&ゲーム、歩きながらはダメ」と書いたポスター=写真㊤=約1000枚を用意し、駅に掲示し、「歩きながらの使用は控えて」というアナウンスもしていま2013071117290000トリ.jpgす。東京メトロでは、もっと前から、「ながら歩きは危険です」のポスター=写真㊨、大手町駅で=を掲示して、注意を呼び掛けています(JRもメトロも「スマホ」の文字がないのは??ですが)。千代田区は6月19日、JR東日本や東京メトロなど区内に乗り入れている鉄道事業者4社に安全対策を求める要望書を提出し、ホームドア設置のほか、利用者に注意喚起するなどを求めています。6月18日に開催されたNTTドコモの株主総会でも質問が出され、加藤社長が「2月から新たにマナーロゴを作っている。これをメーカーにも使ってもらうなど、地道に活動を行っていく」とコメントしたそうです。

 「そんなこと(ながら歩きしない)、常識だろう」なんて言ってもダメでしょうね。視覚障害者の方が、点字ブロックを頼りに歩いていて、ぶつかられて謝られることが増えたという記事を読んだことがあります。ぶつかった人が携帯を扱っていたか、音楽を聴いていたかは、見て確認はできないわけですが、「以前は杖の音を聞いてよけてくれた人が多かったのですが、最近は、なかなかそうはいきません」と。ながら歩きじゃありませんが、喫茶店やレストランの店内で平気で電話する人も増えました、って言うか、そんな人だらけ、っつー感じ。個人的には、悲観的ではありますが、口を酸っぱくして言い続け、ポスターなどで注意喚起を続けるしかないんでしょうネ。( ̄、 ̄;)

 炎天下、所用があってパレスサイドビルからテクテク。もうすぐ神田警察署(神田錦町2丁目)というところ、斜め向かいのビルのエントランスで、涼しげなイルカたちが群れをなして泳いでいました。近づいてカメラを向けるとビルの警備員がすっと柱の陰に身を隠します。街中のオブジェへの来客に慣れている様子です。

 銘板には「シュプリンゲン 宮田亮平」。40頭近く群れをなすイルカたちは力強く躍動し、1頭ずつ違った表情と美しいフォルムを持っています。流線型のイルカたちと砕ける波の飛沫はダイナミックです。シュプリンゲン(Springen)はドイツ語で「飛躍」「飛翔」「空高く飛びめぐる」といった意味だそうですが、群れるイルカたちはみな、自身でキラキラと輝き、さらに真夏の日差しを反射して輝きを増しています。足を止めてしばらく、イルカたちに見入っていました。その銀色の輝きは、そこだけ空気を換えて猛暑の街中で涼しげです。(といっても、やっぱり暑いんですけどね)

 作者の宮田さんは金属工芸家で、東京芸術大学の現役の学長サンです。イルカをモチーフにした「シュプリンゲン」シリーズは代表作ですが、学長になってからも創作を続け、ある講演で「私の原点は、佐渡高校を出て東京芸大の受験に向かうとき、船の周りに集まってきたイルカとの心の通いです。私の門出を祝福してくれるような感動を覚えました」といった趣旨のことを言われています。今年度の芸大のアクションプランでは、「世の中に『ときめき』が満ちあふれるような時代が来ることを願い」とも、おっしゃっています。

 ときめきや感動ではなく、シュプリンゲンのイルカたちにしばし涼感を覚えるだけの我が身を少し反省しながら、素敵なオブジェを見つけた外出でした。

 ちょっと遅ればせながら、ですが、竹橋のお隣、九段下駅で、都営地下鉄新宿線と東京メトロ半蔵門線のホームが3月につながり、新宿線の新宿方面行き=写真左側=と、半蔵門線の押上方面行=写真右側=が同一ホームで乗り換えられるようになりました。これって、一つのホームを中央で隔てていた壁が撤去されただけのこと。一部でベストセラー本に倣って「バカの壁」なんて呼ばれていたコイツのおかげで、階段を上って、それぞれの改札を通って、階段を下りで乗り換えていましたのですから、歩く距離約95メートル、時間にして1分10秒ほどかかっていました。それがほぼゼロになったわけ。アホらしいことをしてたものです。

 お役所仕事、役所の縦割りの弊害ということですが、壁撤去と同時に、他の駅でも、下記のように、乗り継ぎ改善など、努力はしてくれてるようです。

 ①   日比谷線・秋葉原と新宿線・岩本町を乗り換え駅に(東京メトロと都営の間の乗り換え割引70円を適用)

 ②   丸ノ内線、南北線・後楽園と三田線、大江戸線・春日はそれぞれホームを無料通過して地上に出られるように

 ③   南北線・市ヶ谷と新宿線市ヶ谷もそれぞれホームを無料通過して地上に出られるように

など。門前仲町や六本木のホーム無料通過も来年度には実現する予定とか。

 この手の不便な思い、あちこちで多くの方がしているのではないでしょうか。東京メトロの話じゃありませんが、都営新宿線・馬喰横山から地上に出る際、JR馬喰町駅の方に回ったところ、JR構内を通過するには通行料を取られるとは知らず、ムッとした記憶があります。小田急や京王で新宿駅西口の連絡口を通ってJR構内を東口に抜けても通行料なんかいらないのにって思いました。

 第84回都市対抗野球大会(毎日新聞社、日本野球連盟主催)が先週金曜(12日)夜、東京ドームを会場に開幕しました。夏の球宴の名に恥じない白熱戦が、さっそく繰り広げられ、スタンドは熱気に包まれています=写真㊤

 常連、新顔、様々なチームが顔をそろえる中、今年も同一企業で複数チーム出場を果たしたところも多いです。JRが東日本(東京都)、東海(名古屋市)、九州(北九州市)、北海道(札幌市)の4チーム出場、NTTは東日本(東京都)と西日本(大阪市)、三菱重工は名古屋と横浜が、それぞれアベック出場。新日鉄住金も鹿島(鹿嶋市)と、かずさマジック(君津市)の2チームが本大会に駒を進めました。

 16日第2試合までに24チームが出場、半分が姿を消しています。三菱重工2チームがそろって初戦を突破したほか、JRは東日本と北海道が勝利、九州は敗退。新日鉄住金は鹿島20130714NTT東日本.jpgが敗れたものの、かずさマジックが勝ち進んでいます。残念なのはNTT。パレスサイドビルにグループ会社のNTTビジネスアソシエ、NTTデータが入居していることもあって、応援していたのですが、西日本が開幕戦で前年覇者のJX-ENEOSに悔しいサヨナラ負けを喫したほか、東日本も東邦ガス(名古屋市)に1-2で敗れました(写真㊨は応援で御輿を担ぐNTT東日本の皆さん)。ウ~ン、どっちも惜敗だけに残念。組み合わせの運不運も含め、一発勝負は厳し~い。(;´дゞ´)

 会場では各地の特産品が販売される物産展も開催中です(21日まで、10時~18時)。福島県のチームは出場していませんが、東日本大震災の被災地の農業を支援しようと、福島県からも出店され、大豆や桃、馬皮革製品として財布や小物入れなどが販売されているということです。

 大会はまだ始まったばかり。23日までまだまだ熱い戦いが続きます。ぜひ、足を運んでください。

 「またか」と叱られそうな気もしますが、千葉県船橋市の非公認ゆるキャラ、ふなっしーの話の続き。

 竹橋からの帰り、東西線沿線の某書店で「ふなっしーDVD ふなのみくす 7.25 in store」「予約受付中」の掲示を見つけました=写真㊤。リザーブチケット=写真㊨㊦=も配布中です。なんか、メジャーなアーチストか人気グラビアアイドル顔負けですね。

 Amazonの商品説明を抜粋すると、--

 「見たらちょっと元気になるなっしー! みんなの仕事や勉強P7010216トリ.jpgがはかどるなっしー! 景気回復ヒャッハー! これが『ふなのみくす』なっしー! 暴れる! しゃべる! 跳ねる! 走る! 転がる! 歌う! スネる! 疲れる! ?ご当地キャラクターの常識を覆し続ける『ふなっしー』の異色な魅力満載の、撮りおろし"ゆる"ロケDVD。・・・船橋のおススメスポットを紹介してみたり、自転車、とび箱、50m走、ボート漕ぎ等々、いろんなことにチャレンジしてみたり、食レポに挑戦してみたり、自作の歌をライブで披露してみたり・・・縦横無尽に暴れまわる! ただただ楽しくて、ひたすらくだらない! ?見たらちょっとだけ元気になれるDVD!」

 かなり暑苦しい文面ではあり、見え見えのアベノミクス便乗は「ちょっとな~」ですが、なりふり構わずというのはふなっしーらしさでしょうか。

 出る杭が打たれるのは世の常、女性誌で「船橋市が公認NO! 『銭ゲバ批判』も」(女性セブン5月23日号)などと叩かれたりもしましたが、人気を持続。7月3日から東京MXテレビで放送されているアニメ「にゅるにゅる!!KAKUSENくん」にふなっしーの「本名」で登場、声優デビューも果たしているそうです。このアニメ、元々ふなっしーみたいなキャラだらけですから、目立っているかは微妙ですが。

 テレビ朝日系日曜夜の「スマステ―ション」7月6日放送では、2013年上半期ヒットランキングで「いまでしょう」の予備校に次いで堂々2位。くまモンなど「新たな人気キャラ続出」の大くくりでしたが、恒例の質問コーナーでふなっしースマステ.jpg、「非公認なのに人気・・・船橋市のと出問され、ゲストの高島政伸さんは「名前は出てこなかったけど知ってました」と言っていました=写真㊧

 「俺、知ってるよ~」「僕も」「私も」と競われる対象になったら、しめたモンなんでしょうね。

 梅雨が明けて暑い!!  (*´Д`;) それでも、営業マンは外回り。そんな合間に、ちっちゃな石碑を見つけました。パレスサイドビルから歩いて10分余り、明治大学駿河台キャンパス裏のお茶の水小学校(千代田区神田猿楽町1-1-1)の西門脇です。

 「吾輩は猫である 名前はまだ無い 明治十一年 夏目漱石 錦華に学ぶ」と碑文にあり、夏目漱石顕彰碑と呼ぶそうです。

 お茶の水小は、1993年4月に錦華、小川、西神田の3小学校を統合し、錦華小の校地に開校しました。この錦華小に1878(明治11)年の1年間だけ、漱石が通ったということです。碑のそばにあるプレートには「卒業記念 104回卒業生一同」の文字。錦華小は1873(明治6)年開校なので、1975~1980年ごろ卒業記念に建てられたのでしょう。

 漱石(本名金之助)は学校を転々としています。明治維新の混乱期であった1867(慶応3)年、江戸・牛込馬場下(今の高田馬場界隈)の名主の家に生まれ、一時、養子に出されたり戻されたり、挙げ句に実父と養父が対立するなど結構ゴタゴタする中、市ヶ谷学校(現在の新宿区立愛日小学校)を経て転向してきたのが錦華小でした。

 錦華小への転校は東京府第一中学(現在の日比谷高校)への入学が目的だったといわれます。その通り一中に入学したものの、「正則科」という学科で、ここは大学予備門(のちの第一高等学校、現在の東大)受験に必須だった英語の授業が行われていなかったため2年ほどで中退したそうです。漱石と言えば第五高等学校(現在の熊本大学)などの英語教師だったことは有名ですが、英語を学ぶにあたっては、紆余曲折あったんですね。その一端に、ここ神田の小学校が関わってたとは、歴史の面白さを感じます。

 ちなみに、漱石は一中中退後、私塾に通うなどする中で英語に目覚め、1884年(明治17年)、無事に大学予備門予科に入学して英語教師の道に進むのですが、この時の同級生に正岡子規や秋山真之がいたのは、「坂の上の雲」に描かれた通りです。1893年、帝国大学(後に東京帝国大学=現在の東大)英文科を卒業。どっちにせよ秀才だったんですね。

 漱石の碑の隣は錦華公園があり、千代田区観光協会のホームページに「大名屋敷の庭園であった歴史ある公園で・・・水と緑と砂場複合遊具があり、都会の中のオアシス・・・昼間は学生やビジネスマンがお昼をとったり、神保町古本屋街に訪れた人が休んでいたりします」とありました。小生も暑い日差しをしばし避けて木蔭へ・・・少しの休憩は目をつぶってね、部長!(≧∇≦)

 パレスサイドビルの西玄関を出て、ぶらりと竹橋を渡ると東京国立近代美術館(略称MOMAT)があります。収蔵作品が9,000点を超える近代美術の殿堂です。日本画・洋画・彫刻とも明治以降の日本美術の代表作が収集されています。

 戦後1952年に京橋に建築されましたが、収集作品の増加等により1美術館.jpg969年に北の丸公園の一角の現在地に移転しました。建物はブリジストンの実質創業者石橋正二郎氏が寄贈しました。石橋氏は自らもブリジストン美術館を設立し、数々の名画収集家。鳩山由紀夫元首相、邦夫元総務相兄弟は彼の孫にあたります。芸術家と政治家にパトロンは付き物ですが、石橋氏は芸術に関しては偉大なパトロンでした。

 MOMATの企画展示は素晴らしいものがありますが、常時200点ほどの常設展示にも見逃せない作品が多くあります。これを紹介していこうと思います。

 第1弾は「バラと少女」です。洋画界には多くの天才が登場しますが、大正期の村山槐多(かいた)も伝説の一人です。これは1917(大正6)年作、彼の代表作のひとつで、少女の赤い頬と大きなバラのピンクの花が幻想世界を構成しています。少女が槐多自身であるかのような素朴さと自信が感じられます。美しさを超えた魂の絵画です。

 この時代、経済基盤も徒弟制度も確立していない洋画家に、貧困と病苦が定番でした。自分の才能に頼るしかなかったのです。槐多もデカタンで自由な生活の代償に、結核と貧乏のなか、1919年、22歳で生涯を終えます。画家としての活動期間はわずか5年、詩作にも秀でた彼の作品には流派や伝統から離れた湧き出る絵画への情熱が感じられます。生きている間は成功を見ることができなかったあたり、純粋芸術の悲劇を生きたゴッホやゴーギャンに比べられることもあります。

 この絵と槐多と対面してください。その情熱を堪能した後は、パレスサイドビルで美味しいお茶を。(日曜はお休みですが)

 パレスサイドビル地下1階吹き抜けコンコースに6日まで飾られていた七夕の笹に、今年もたくさんの願い事をしたためた短冊が結びつけられました。21日間にビルで働く人たちや通りすがりの人、ビルの飲食店を利用した人たちが立ち止まって願い事を書きこむ姿が多く見られました。七夕飾りを企画した名店会の集計によりますと、短冊は3170葉ありました。昨年より展示期間が1週間長かったとはいえ、昨年の2324葉より846葉も多く、過去最高(2011年の2693葉)を更新したということです。みなさん、切実な願いをお持ちなんですね。

――主なものを紹介すると、何と言っても家族を思う気持ちが一番です。

「家族健康・笑顔いっぱい」

「元気な赤ちゃんが産まれますように」

「母の緑内障がこれ以上に進行しませんように」など。

――仕事関連では職場で発生する願い事や就職祈願も目立ちます。

「毎日仕事を楽しめますように」

「早く仕事が片付きますように」

「就職できますように」など。

――健康や体に関する願いも切実です。

「やせたい」

「しみとそばかすが消えますように」

「主人の頭髪がこれ以上抜けませんように」など。

――恋愛・結婚ものも。

「8月に彼氏ができますように」

「幸せのカタチが見えますように」など。

――その他のユニークなものも、いろいろ。

「女に負けたくない」

「地球で収まらない人間になって、宇宙へはばたく」

「石油王になる」

「灯台に入りたい」

「ホラが上手に吹けますように」

「笹の枝に花がなりますように」など。

 このほか、英語・フランス語・ハングル語などで書かれた短冊もあり、バラエティーに富み、国際色豊かでした。

 短冊は近く神田明神に奉納される予定です。明神様はきっと皆さんの願い事をかなえてくれるでしょう。

 梅雨も早々にあけ、パレスサイドビル近くの皇居東御苑は夏の花が咲き競っています。その中でもひときわ大きく爽やかな香りを放っているのが、桜の島・松の芝生周辺のタンサイボクの白い花。写真は松の芝生の東側で撮りました。

 「泰山木」「大山木」「大盃木」とも書きます。中国山東省にある名山「泰山」とは直接の関係はないようですが、泰山に喩えられるように花も葉も樹形も立派です。また大きな盃をイメージするところから「大盃木」とも書かれます。

 すっかり日本の花木として定着していますが、実は北アメリカ原産で1873(明治6)年に渡来したといわれています。上野公園には1879(明治12)年、米大統領退任後に来日したグラント将軍と夫人が記念に植えた木があるそうです。正確には、将軍が植えたのはロウソンヒノキで、タイサンボクを植えたのは夫人だとか。

 夏の季語の一つでもあるタイサンボクの花は、モクレンの花を一回り大きくしたような堂々とした白いカップの花です。学名はMagnolia grandiflora。grandifloraは「大きな花」を意味しています。属名にMagnoriaを持つモクレン・ハクレンは、その香りが特徴となっていますが、「マグノリアの香り」とは、タイサンボクの花から採集されたものを指すようです。タイサンボクの精油は香水の創作にも使われ、「ゲラン」「ジバンシィ」などの著名な香水にも配合されています。

 マグノリアを含む漢方精油は10ミリリットルで6000~1万円近くしますが、花粉症、アレルギー性鼻炎などに効能があるとされ、マスクに2~3滴垂らしたりするといいそうです。

 過日、国際的ビジネスで活躍する知人とパレスサイドビルの某店で飲んだ際、珍しいものを見せてもらいました。お札です。写真がちょっと暗いですが、右上、左上、左下の数字を数えてみてください。「一、十、百、千、一万、十万......」。「0」が14個。左中央の文字は「ONE HUNDRED TRILLION DOLLARS」。MILLION(100万)、BILLION(10億)まではついていけるんですけど......さらに3ケタ増えると......じぇじぇ、100兆?!。単位は「ドル」。

 といっても、アメリカのドルじゃありませんヨ、もちろん。中央上部に「RESERVE BABK OF ZIMBABWE」とあります。ジンバブエ準備銀行。日本で言えば日銀ですね。

 ジンバブエは南アフリカの北東に接する旧英国植民地で、少数派白人の「独立宣言」ジンバブエの城壁.jpgで「ローデシア」と称し、南アと並ぶアパルトヘイトの国でしたが、1980年の総選挙を経て多数派の黒人が主導するジンバブエ共和国が成立しました。ちなみに、お札の絵は、たぶん、世界遺産グレート・ジンバブエ遺跡の「アクロポリスの城壁」=写真㊨=と思われます。自然の岩々と花崗岩のブロックを組み合わせた堅固な要塞だそうです。

 独立の指導者が独裁政治に走り、白人の農地接収などの急進的な政策もあって経済が破たん、ハイパーインフレになった結果が、この高額紙幣です。2008年発行されたものらしく、その後、2009年に12ケタのデノミが行われた(100兆Zドル→新100Zドル)といいますから、写真はデノミ前の最高額紙幣という歴史的なシロモノというわけです。(ドイツの印刷会社で刷っているとかで、あまり安っぽくなかったのには感心しました)

 インフレと言えば、世界史で必ず出てくるのが二つの世界大戦の間のワイマール共和国(ドイツ)。物価は第1次大戦前の1兆倍に達し、パン1個に第1次大戦の戦費の3倍の4280億マルクが必要だったといった記録もあるとか。ジンバブエも負けていません。1000億Zドル札の上に卵3個を置いた写真をネット上で見かけましたから、卵1個330億Zドルということでしょうか。時代も環境も国情も違いますから、どっちが酷かったのか、定かではありませんが、先の知人曰く、「米ドルなど外国通貨しか信用されず、日常生活は物々交換に戻っているらしい」。そりゃ、そうでしょう。

 アベノミクスはインフレを起こすそうです。程々に収まりますように。

 全国3万のお稲荷さんの総本宮として知られる伏見稲荷大社(京都市伏見区)。旅行で訪れた同僚が「株式会社毎日ビルディング」の名を刻んだ鳥居=写真㊦㊨=と、鳥居が建「毎日稲荷社」=写真㊤=を撮ってきました。鳥居は毎日新聞社と連名です。

 場所は伏見稲荷大社の後方に広がる稲荷山の中腹。有名な「千本鳥居」を抜けて登って行くと四つ辻という視界が開ける場所があって、京の街を一望できます。そこから北側に回IMG_6041.JPGり込んでちょこっと降りたあたり。建立されたのは1907=明治40年とか。大阪毎日新聞と東京日日新聞の合併が1911=明治44年(新聞の題号を毎日新聞に統一したのは1943=昭和18年)ですから、統一前、大阪毎日新聞が単独で建てたものということになります。

 稲荷山は海抜233メートル、山一帯も伏見稲荷の境内で、その広さは約27万坪にもなるそうです。山腹には、毎日稲荷を含め300もの祠・塚が点在するそうで、これらを巡拝する「お山巡り」も盛んとか。ちなみに、一巡するのに2時間はかかり、急な石段なども多く、結構きついそうです。

 毎日稲荷などがまつるのは、伏見稲荷の分霊。パレスサイドビルの兄弟ビルである毎日新聞社大阪本社ビル(大阪市北区梅田3丁目)に毎日稲荷の分社があります。その社殿は新聞社の移転について回り、大阪市東区(現・中央区)大川町から、1922=大正11年に北区堂島に、さらに1992=平成4年に現本社である梅田の大阪本社ビルに移りました。

 毎日新聞社の神社といえば、パレスサイドビル屋上の毎日神社がありますが、こちらは1939=昭和8年、毎日新聞社の双発輸送機「ニッポン」号が世界一周を達成したことを記念して創建され、空の安全祈願が目的。対する毎日稲荷は、お稲荷さんですから、なんたって商売繁盛。稲荷山には一緒に建てられた「広告(ひろつげ)稲荷社」もあるそうです。ま、新聞も商売、広告もいただきたいってことですね。

 大地の恵みです。プロダクト フロム 東京。竹橋など都心から1時間内外の通勤圏でも、地域によって、まだまだ農地が残っています。

 写真㊤、㊧㊦のトウモロコシは環八に近い世田谷区産。先週末、近所の農家が朝採って直売所に並べられた初物。9時半の販売開始時間には30人ほどが列を作り、後ろの方にいるとハラハラでしたが、何とか3本ゲット。1本150円!! 口コミで人気は年々アップしている感じです。

P1040641.JPG この色と、つや。ここ何週間か、畑=写真㊨=を眺めては、「そろそろかな」と生育具合を気にしていましたから、待ちに待った気分。とにかく茹でて、家族3人、1人1本で、昼食の時に味見と思ったら、みんな、あっという間に平らげちゃいました≧∇≦。甘いのなんのって、とても途中では止まりません。

 トウモロコシ以外にも、今の季節はトマト、キュウリ、ナス、インゲンなどがいっぱい。特に、丸々と育った枝豆も美味しいです。販売は春野菜、今の夏野菜、そして秋野菜の限られた期間ですが、野菜が土で育っているんだと思い出させてくれる、とても贅沢な時間です。

 東京の農業がどんなもんか、ちょっと調べてみました。JA東京中央会のまとめでは、農地は都の総面積の3. 5%に相当する7600ヘクタール(畑7300、田300ヘクタール)あり、多摩地区5800ヘクタール、23区が650ヘクタール、他は島しょ部です(2011年のデータ)。23区内では①練馬②世田谷③足立④江戸川の順。農家戸数(2010年)は13,099戸、販売農家の就業人口は12,965人で、ご他聞に洩れず高齢化が深刻だとか。農業産出額(2010年)はP1040611.JPG275億円で、内訳は野菜が155億円と半分以上を占め、以下、花49億円、果実28億円、畜産21億円など。

 農水省が都道府県別自給率を発表していて、直近の2010年は、東京がカロリーベースで1%と、当然ワースト、大阪と神奈川が2%で同率2位。1ケタはこの2都府県だけです。自給率には金額ベースもあって、こちらは東京4%、大阪5%、神奈川13%と、まずまず。東京の農業産出額の全国シェアは0.3%に対して 農地面積は全国の0.2%だけですから、その割には健闘しているのでは。付加価値の高いものを効率的に育てているってことでしょう。

 東京の農業、侮りがたし。(^m^

 パレスサイドビルから北の丸公園をぶらぶら。武道館の裏の休憩所あたりに、オオヤエクチナシが白い大輪を咲かせ、梅雨の晴れ間に甘い香りを漂わせていました。大きな白バラをイメージさせる花が緑の葉と対照的に、くっきりと綺麗です。九州南部から梅雨明けの北上がはじまり、いよいよ夏の到来。

 オオヤエクチナシの原産は6個の花弁からなる一重のクチナシで、関東以西の日本、中国、インドシナなどに分布し、古く飛鳥、天平の時代から色と香りが愛でられてきました。果実は薬用としても採取され、炎症どめ、煎じて解熱に使われたといいます。

 このクチナシが欧米にわたって、大輪で八重咲きの園芸品種に改良されたのがオオヤエクチナシで、漢字で書くと大八重梔子。香りの良い純白の花として親しまれています。洋ランが普及する以前は大量に生産されてコサージュなどにも用いられていました。7月4日の米独立記念日には女性がこの花を髪に刺して祝ったともいわれますが、今はどうでしょうか。花持ちが悪く、コサージュは洋ランなどに取って代わられたといわれています。

 また、オオヤエクチナシは大きな花を咲かせる代わりに実がならないので、薬用などにもなりません。片や実の付く方のクチナシの果実の形は碁盤、将棋盤の脚に形取られていることはご存知でしょうか。「口無し!」、すなわち、勝負している人以外は口出ししてはいけないという意味が込められているといいます。

 遅ればせながら、ディズニーシーに初めて行ってきました。ご存知、竹橋から東西線で浦安駅へ、さらにバスで25分という便利な場所だから、行く気になればもっと行けるのに、って言うのは、置いといて・・・。
 効率的に楽しむには、ファストパス(FP)の活用が必須(ご存知ない方に念のため説明すると、予め登録し、指定された時間に戻ってくれば少ない待ち時間でアトラクションを利用できるシステム)。攻略本を購入し、前の晩に家族で作戦会議を開催。まず、トイストーリーマニアのFPをとって、そのまま「タワーオブテラー」では並んで順番待ちして"自由落下"を楽しみ・・・などと段取りしていましたが、トイストーリーはFPをもらうだけで1時間近く待ち、タワーオブテラーも並べば1時間以上待つというので、のっけから挫折。気分を切り替えて"ゆっくり路線"に変更し、まずヴェネツィアン・ゴンドラへ。ここは10分ほどで楽々乗船。船頭(?)のお兄さんの、とっても微妙なサンタルチア(だったかな)を聞きながら、「シー」気分に、ひとまず浸りました。
 9時40分からは"海のステージ"メディテレーニアンハーバーでミッキーやデP1040664.JPGィズニーの仲間たちの歓迎ショー「リドアイル・ウェルカム・トゥ・スプリング」=写真㊨=を、イタリア・フィレンツェを模した橋ポンテベッキオあたりから鑑賞。7月から「ハピネスグリーティング・オン・ザ・シー」に代わるので、最後のショーを見たってわけです。
 コロンビア号前の「テーブル・イズ・ウェイティング」というミニステージで、ミッキーやグーフィーに手を振ってもらった後、早めの昼食にすることにしてケープコッド・クックオフというレストランへ(なにしろ6時起きでしたから)。ここはお食事しながらダッフィー主役のショー「マイ・フレンド・ダッフィー」=写真㊨=が楽しめます。
 食後は、まずコロンビア号に行ってタートルトークを楽しみました。これが良かったんです。渋い声のタートルが、軽妙な話術で笑わせてくれる、子ども向けアトラクションですが、大人のファンも多いのでは。
 続いて12時半にFPをとっておいた「センターオブ・ジ・アース」。火山の中を地底走行車で駆け抜け、力いっぱい絶叫。この後、マーメードラグーンシアター(人魚姫アリエルと海の仲間たちのミュージカル)、海底2万マイル(潜水艦気分が味わえる)、マジックランプシアター(アラジンのランプの魔人ジーニーの3D劇場)、アクアトピア(遊園地のくるくる回るコーヒーカップの水上版で、もっと面白い)などを次々にエンジョイ。14時30分からのレジェンド・オブ・ミシカという水上ショーは、対岸のフォートレス・エクスプローションでダ・ヴィンチからのミッションに挑戦するクイズにチャレンジしながら、途中でショーを見渡せる場所でしっかり楽しみました(攻略本、有難う!!)。
 早めの夕食を済ませ、最後に19時半からFPを取っていた「インディー・ジョーンズ」です。オフロード車に乗って洞窟内を疾走する趣向で、激しい振動、急カーブなど、結構、楽しめました。最後のちょっと怖~い箇所ではお約束の写真撮影。一番上の写真です(1050円は高いので、掲示されている者を撮影(・д・`*)。
 若ければ絶叫マシンに命をかけるのもいいでしょうが、オジさん的には、ショーを楽しみながら、余裕を持って回りたいですね。それでも、ほぼ12時間で、思いのほか、いろいろ楽しめたというのが実感。そういえば、以前、ディズニーの幹部の方に聞いたんですが、1日で全部回れてはいけない、かといって1、2回行っただけでは回りきれないのでは、あきらめてしまう人が続出しかねない、だから、もう一息で回れそう、というほどほどの規模がリピーターを増やすコツなんだとか。
 アトラクションの中身は言うに及ばず、いろんなことが、ホント、よく考えられてます。

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