【2015年3月】のアーカイブ

 大相撲・白鵬関の足跡をたどる写真展(主催・毎日新聞社、毎日ビルディング)が明日331日(火)、パレスサイドビル1階西側の「アートサロン毎日」で始まります。これを前に30日、白鵬関の優勝額が搬入されました。20日の当ブログで予告した通り、正真正銘、今年1月場所で大鵬関を超える33回目の優勝を果たした記念のホンモノ。縦317メート ×2265メートルはデッカイです。

 (20日のブログで「重さ80キロ」と書きましたが、これは写真になる前の彩色時代のことで、写真になってからは軽量化され、59キロとのことです。失礼しました)●①DSC_5208.jpg

 前回のブログで書いた通り、優勝額は毎日新聞社が贈っているもので、国技館の天井の方に東西南北各8枚、計32枚掲げられ、年3回の東京での場所前に、古い2枚が外され、直近2場所の額が掲示されます。今回展示する額は5月場所から掲げ●③搬入.jpgられるのを前に、一足早いお披露目ということになります。

 この日は午前11時半前にトラックに積まれた額が西玄関に到着。写真㊨の連続写真の通り、慎重に階段を上り、斜めにガラス戸を通過、ロビーを経てアートサロン入口をまたまた斜めに通過し、会場入りを果たしました。●④搬入.jpg

 今回の展示では、優勝額とともに、白鵬関のこれまでの足跡をたどるパネル写真や、白鵬関の優勝額全32枚のミニ額=写真㊦=なども並びます(即売も)。

 展示は411日(土)まで、期間中、毎日11時~18時(入場は閉●⑥搬入.jpg30分前まで)オープン、最終日は16時までです。入場無料。会期は「千代田さくら祭り」の時期に重なるので、パレスサイドビルは普段は休館する日曜の45日も特別に開館しますから、白鵬関写真展もご覧いただけます。

●DSC_5230トリ.jpg

 パレスサイドビルは、テナントに常備していただく「防災ハンドブック」を改定しました=写真㊤。6800人に及ぶ在館者(テナントのオフィスやお店の社員・従業員さん)全員に1部ずつ配布するもので、すでにお届作業を始めています。

 地震など万一の場合に、ビルにいる人がどのように対応したらいいかを、防災HBインデックス.jpg分かりやすく解説するもの。A5サイズ、オールカラー18ページ(表紙と裏表紙を除く)で、写真㊨のように「ビルの防災体制」「もしも地震が発生したら」「公共インフラ途絶時の給電と給水」「エレベーターが途中停止したら」「応急手当、AEDの使い方」など、9章建て。最後に簡単な館内マップを付けています。

 「防災体制」では防災センター(1階西玄関脇)の役割をはじめ、屋内消火栓や消火器、警報装置、スプリンクラー、防火シャッター、非常階段、東西トイレ脇にある非常用館内電話などの設備を説明。火災、地震が「発生したら」の章では、ビルの耐震性が基準に適合して東日本大震災や阪神大震災クラスに十分に耐えられることのほか、発生時には館内放送などで連絡する体制を整えていることなどを書いています。非常時の「給電と給水」についても、ディーゼル発電機2台とガスタービン発電機1台を備えて平時の60%程度の運用で2日間程度、電気を供給できること、一定の貯水と井戸水の活用で、ある程度節水すれば水道設備を継続使用可能なことなどを説明しています。

防災HB05共同体制、06もしも火災.jpg 読みやすさにも配慮し、写真やイラストをふんだんに使うなど工夫しています=写真㊧

 古いハンドブックは約7年前に製作。それ以後の法令・制度の変更、特に東日本大震災を受けて、例えば当ビルのような都心は「地区内残留地区」として、帰宅せず3日防災HB13応急.jpg程度とどまることをめどとするなど、状況が大きく変わりました。また、当ビルとしての「事業継続計画(BCP)」を昨年1年かけて策定したことも踏まえ、今回、ハンドブックも改定したものです。

 有効に活用していただきたいと思います。

 東京のサクラが開花しました。平年より3日、昨年より2日早いそうです。この週末、一気に暖かくなったからでしょう。

 気象庁が判断の基にしている千代田区の靖国神社の「基準木」を気象庁の職員が23日午前に訪れ、「5輪以上開いたのを確認しました」と認定して、正式な開花宣言に。この時には、新聞やテレビなどの各社が集まっていて、取材を終えて一斉に「東京開花宣言」が昼のニュースに流れ、夕刊に掲載されたというわけです。

 パレスサイドビル界隈を少し見て回ってみましたが、だいぶ蕾が膨らんできてはいるものの、まだ咲き切らない木が多いようで、竹橋駅前、お濠端の木は写真㊤のような具合でした。今週前半は寒さが戻ってきて、ちょっとヒンヤリの日が多いようですが、それでも咲き始めたら一気に満開に向かうのが例年のこと。靖国神社などは1週間ほどでピークを迎えるという話です。お花見も、次の週末からが一番の賑わいになりそうです。

 このシーズンに合わせて千鳥ヶ淵、靖国神社、北の丸公園など千代田区内の桜の名所を中心に毎年開かれている「千代田さくら祭り」が今年も327日(金)~4月5日(日)の10日間、催され、各会場で、さまざまなセレモニーやイベントが行われます。花見バス地図.jpg客の便を図るため、恒例の無料シャトルバス「さくら祭り号」が32829日の土・日曜日の10~18時、約15分間隔で運行されます。㊧の地図のように、大手町竹橋九段下神保町淡路町日本橋の循環と、大手町・丸の内界隈を回る2コースで、大手町のサンケイビル前で乗り継ぎができます。

 パレスサイドビル近くにも例年通り、シャトルバス臨時停留所「竹橋毎日新聞社前」が開設されます。今年の停留所設置箇所はビル裏(北西)の高速道路下の区道の内堀通りに出る手前に変更されました。昨年までの正面玄関からやや西側(タクシー乗り場後方)とは違うので、お間違えなく。

 パレスサイドビルは「千代田さくら祭り」に協賛し、通常、日曜閉館のところを、329日と45日は特別にオープンします。西口玄関など各出入口を開くほか、館内エスカレーターも運転。1階と地下1階のいくつかの飲食店やお店も営業を予定しています。是非パレスサイドビルにお寄りください。

 今年の大相撲春場所は、荒れそうもありません。今日の天気みたいに穏やか。白鵬関、強いです。

 大鵬関を超える33回の幕内優勝を記録、今場所も34回目へと記録を伸ばすべく順調に白星を重ねています。その白鵬関の足跡をたどる写真展(主催・毎日新聞社、毎日ビルディング)が331日(火)~411日(土)、パレスサイドビル1階西側の「アートサロン毎日」で開催されることになりました。毎日新聞が2月に創刊5万号を迎えた記念の催しの一つでもあります。展示時間は11時~18時(入場は閉館30分前まで)、最終日は16時までです。入場無料。国技館トリ.jpg

 これに、白鵬関の優勝額の現物が展示されます。

 優勝額は国技館の天井の方に掲げられています写真㊨の赤丸。高いところにあるので、そんなに大きいと思いませんでしたが、実寸は縦317メートル×2265メートル、重さ約80キロといいますから、かなり巨大。実物の関取より大きいんです。

 この現物、1月場所の33回目の優勝額を、今回、特別に持ち込んで展示します。目下、製作中で、完成したばかりのモノが見られるということです。

 実は、ビルの天井はそこまで高くないので、斜めにしないと展示できません。というわけで、傾けます。写真㊦㊧は同サイズのダミーのパネルを、会場に持ち込んでみたところ。大体、こんな按配になる見込みです。間近に見たら大迫力でしょう。

DSC_4755小.jpg 今回の展示では、優勝額とともに、白鵬関のこれまでの足跡をたどるパネル写真や、白鵬関の優勝額全32枚のミニ額なども並びます。

 優勝額は毎日新聞社が贈っていて、東京での場所ごとに前2場所分が国技館に掲額されます。枠は一番上のポスターのように字が書かれ(現物は枠の幅がもっとせまく見えます)、東西南北に各8枚ずつ、計32枚掲示されています。新しい額が来たら古いものは順に本人に引き渡されます。

 優勝額は、以前は白黒写真に油絵の具で彩色を施していましたが、1951年から62年間担当した佐藤寿々江さんが引退されたため、2014年からデジタル処理したカラー写真になりました。正確には、「優勝色彩写真額」から20140207白鵬と佐藤.jpg「優勝写真額」に替わったというわけです。写真額の製作を最新技術で担うのは富士フィルムイメージングシステム。今回の展示にも協賛いただいています。㊨の紙面(毎日新聞201327日)は、優勝額用の写真撮影の場を佐藤さんが訪ねたときの白鵬関とのツーショットです。

 展示期間はちょうど桜の季節。「千代田さくら祭り」の時期にも重なるので、パレスサイドビルは普段は休館する日曜の45日も開館します。是非、気軽にお立ち寄りください。

 毎日新聞の朝刊一面コラム「余録」を23年2カ月にわたって6354本執筆した諏諏訪 写真.jpg訪正人(すわ・まさと)さん=写真㊧=が2月8日に亡くなりました。享年84。新潮社の季刊誌「考える人」の河野通和編集長が週刊メルマガ(2月26日発行・624号)のコラムで、その諏訪さんを追悼する文章を書いていて、パレスサイドビルの鳩の彫刻にまつわる話を取り上げた「余録」を紹介しています=写真㊤。(http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/mailmag_html/624.html

 鳩はビルの9階の庇に計6羽。これを諏訪さんが書いたのは1984年10月14日、新聞週間スタート前日の「余録」です(末尾の写真がその紙面)。毎日新聞が1966年にパレスサイドビルに移転する前、有楽町に本社があった時代には、新聞各社は通信管をつけて、原稿やフィルムを運ぶために伝書鳩を飼っていました。諏訪さんは、それが東京五輪(1964年)を最後に、役割を終えたことを紹介し、鳩の彫刻について「永田町方面を見ているハトもいる。タカを警戒しているのか」と、サラっと書いています。今朝のコラムでも通用しそうなフレーズですね。

 諏訪さん自身が厳選した500篇を集めた「諏訪正人の『余録』」(毎日新聞社)諏訪 本.jpg写真㊨=を読みながら、河野編集長は「700字あまりの短い文章ですが、一つひとつに心血が注がれています。書き手が『一日に一つ卵を産むニワトリ』(毎日新聞『記者の目』、2002年6月25日)なら、読み手も一日一話制でいく他ないと悟るのです」と、書き手と読み手の切り結びとでもいうべき関係を説き、新聞1面の記事を「よそ行きの写真」、コラムを「素人が小型カメラであちこちから気楽に撮ったスナップ写真」という諏訪さんのたとえを引き、「重要なのは、想像力。鳥の目となって空高くから見下ろすのも、虫の目となって地べたから仰ぎ見るのも、すべて想像力の所産だというわけです」と解説します。その流れで、諏訪さんの代表作として、パレスサイドビルの鳩の話を選んだのは、想像力の「鳥の目」に通じるということか、と想像します。

 河野編集長はコラムを次の言葉で締めています。

 「流されゆく日々との『その日暮らし』に別れを告げて、『余録』はいま一冊の書物としてわれわれの前にあります。洗練されたユーモア、行間ににじむ教養、悠然たる構えに秘められた記者魂――。『眇(びょう)たる数百字のコラム一つで愉快になって元気が出る。生きる勇気が何となく湧いてくる。毎日新聞の読者なら覚えがあるはずだ』とは、愛読者の一人だった丸谷才一さんが、諏訪さんの『余録』を評した言葉です。」

 季刊誌「考える人」は2002年創刊。初代編集長のインタビューによると、産業革命後のイギリスで、急速な都市化が進むなか、「plain living,high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」の必要性を説いた詩人、ワーズワースの言葉を頼りに「溢れる情報のなかで自分の頭で考える力を問い、溢れるモノのなかでのシンプルな暮らしを考えてみたい」というのが創刊のコンセプトとのこと。

 なお、鳩についてはパレスサイドビルのホームページでも次のように説明を載せています。(https://www.mai-b.co.jp/about/story.html

 「ビル屋上の片隅に向けると、羽を休め、また飛び立とうとしているアルミブロンズのハトがとまっているのに気づかれるでしょう。ビル設計者はかつて新聞社が 原稿を運ぶ手段として利用していた伝書鳩を平和のシンボルとして、現在も毎日新聞社が入る当ビルに意匠的な遊び心で置いたのです。作者は一色邦彦氏で、ビル建設当時に彫刻の高村光太郎賞を受賞、その後多くの各種受賞作品を制作しています。」

諏訪 余録19841014.jpg

 3.11東日本大震災から丸4年。パレスサイドビルでも「総合消防訓練」をしました。ビルの全テナントで組織する「共同防火・防災管理協議会」が毎年、春と秋の全国火災予防運動の時期に合わせて実施していますが、今年は昨年に続き、3.11当日の実施になりました。
 午後2時30分、東京地方に大きな揺れが直撃したとの想定で、「訓練・地震発生」の館内放送から始まりました。それぞれ机の下などにもぐって身の安全確保に続き、地下2階東側駐車場で火災発生、防災センターが消火器による初期消火を試みるも炎上、延焼として、2時38分に避難勧告の非常放送が館内に流れ、地下1階~9階の各店舗・オフィスから、非常用避難階段などを使って実際に1階まで非難しました。

 この後は、屋上に集合して実技訓練です。最初に、自衛消防隊長(毎日ビルディング社長)以下、ビル内店舗、オフィス、ビル関係者ら576人の参加者全員が東日本大震災の犠牲者へ1分間の黙祷=一番㊤の写真
○DSC_5024トリ小.jpg 続いて、屋内消火栓のホースを手にとって約10メートルほど離れた的を狙って水を噴射=写真㊤、消火器を使った初期消火訓練(水を入れた消火器○DSC_4992トリ小.jpgで実際に放水)=写真㊨㊤、AED(自動体外式除細動器)を使った心肺蘇生=写真㊨㊦=のほか、煙体験ハウス(テント内に無害な煙を充満させて通り抜け)、さらに1階西玄関前には千代田区の起震車がきて震度7の揺れを体感・・・と、盛りだくさんのメニューの中から、参加者それぞれに挑戦していただきました。
 また、9日に東西エレベーター計16機に設置したばかりの「防災対応椅子」の中に入○DSC_5016小.jpgれている飲料水、食料(クッ○DSC_4964小.jpgキー)、ランタン、簡易トイレなどの現物を展示し、沢山の方が興味深そうに見ていました=写真㊧
日差しはあったものの、冷たい北風が吹く中、参加された皆さん、本当にご苦労様でした。

 パレスサイドビルは9日、ビルの東西各8基、計16基のエレベーターに「防災対応椅子」を設置しました=写真㊤

 地震などで万一、エレベーターが階の途中で止まるなどして閉じ込められた場合の2015-03-03 11.10.21小.jpg非常用グッズを収めたもの。写真㊨のように、中にはペットボトル入りの飲料水、食料(クッキー)、ランタンとともに、簡易トイレもあります。写真㊨の左上にあるのがトイレで、ポンチョ(貫頭衣=頭の通る穴を空けた布をかぶって全身を隠すもの)を使って利用していただきます。トイレットペーパーその他、最低限、必要な資材一式を備えています。

 普段は、混雑時間帯など、ちょっと邪魔かもしれませんが、お許しください。また、ご高齢の方など、通常でも椅子としてご利用いただけますので、気軽に腰かけてください。

 実はこの「防災対応椅子」の形はちょっと変わっています。写真㊦㊧は上の方から見た写真ですが、なにかお気づきになりますか? そう、直角じゃないんです。パレスサイドビルのエレベーターは形がちょっと特殊で、角が直角じゃなくて約110度。この「防災対応椅子」も、当然、本来は直角なので、エレベーターに置くと、写真㊦㊨のように隙間ができてしまいます。そこで、メーカーさんに特別にお願いして、ビルのエレベーターにピッタリ合う110度のものを作ってもらったのです。

DSC_4931小.jpgDSC_3883小.jpg 少しでも安心安全なビルをめざして引き続きいろいろと考えて、できることはやっていきます。それにしても、「防災対応椅子」が使われず、」無駄な(?)投資に終わることを願うばかりです。

 パレスサイドビルの東西エレベーター塔の屋上に、細長い足場が組まれ、青いカバーに覆われています。っていうか、正確には、上の写真は2月19日に撮ったもので、西(写真㊤左側)のカバーは既に外されました。東(写真㊤右側)のカバーも徐々に外されていて、来週には全面的に撤去を終える運びです=写真㊧㊦3枚参照

 ちょっと工事をしているのですが、めったにお目に書かれない姿なので、記録に残しておこうということで、当ブログでも紹介している次第です。

↑西カバーすでに撤去 東はまだポール見えず

東のポールの先端がチラっと見えます

↑東ポールの先がかなり剥けてきました

 さて、何の工事かと言うと、ここに建っているポールの塗装し直しなど。何のポールかと言えば、アンテナ等兼避雷針なんです。

 で、塗装「など」と言いましたが、雨ざらしですので塗装は何年かに1度やっていて、前回は2003年でしたが、今回は不要なアンテナ等の撤去も、併せて実施したのが珍しいというか、初めてのこと。昔のアナログ時代のテレビアンテナのほか、毎日新聞の本社ということで、無線で情報をやり取りしたり、いざという時のために無線が結構沢山あり・・・という時代も今は昔。これら不要なアンテナ類をごっそり外すのが大きな目的でした。中には、既に何十年も前に退去した昔のテナントさんのアンテナも残っていたりして、しかも合併で元の会社は亡くなっているので、新しい会社に問い合わせて撤去の了解をいただく・・・といった手間も、なかなか大変でした。

 もう一つ、「航空障害灯」も撤去しました。高いビルや鉄塔などには、夜、航空機がぶつからないように赤いライトが点滅している、アレです。1960年の法制化で高さ60メートルを超える建造物などに航空障害灯の設置が義務付けられています。パレスサイドビルは9階建て部分の高さは約37メートル、東西のエレベーター塔でも50メートル余りですが、そこに建つポールの先は80メートル超と、60メートルを楽に超えますので、航空障害灯が設置されていたのです。ただ、いく度かの制度改正(規制緩和)で、ビルが群立している大都市などでは、遠方から見た場合、全体を一体の構造物として捉え得るとすれば、近くの高いビルに障害灯が設置してあれば、低いビルの方は省いても大丈夫だろうというような考えから、パレスサイドビルについてはもはや設置の必要なしと判断されたものです。具体的には、航空法51条1項「地表又は水面から60メートル以上の高さの物件の設置者は、国土交通省令で定めるところにより、当該物件に航空障害灯を設置しなければならない」に続く但し書き「国土交通大臣の許可を受けた場合は、この限りでない」により、国交省から個別の不設置を許可していただきました。

 今回の工事で、ビルの機能がなにがしかでも向上したということはありませんが、いろいろな意味で日頃から手入れを怠らないのが長持ちの秘訣、っていうあたりを、ご理解いただければと思います。

突然ですが、上の写真のビルはなんでしょう。

千代田区西神田2の区営住宅「西神田コスモス館」です。鉄筋コンクリート造り25階建ての20階の部屋から、2日の午前8時半ごろ出火し、1室約70平方メートルが焼けたとのこと。

報道によると、火元と見られる部屋に住む20代の男性が顔や腕にやけどを負って重傷を負い、別の部屋の60~70歳代の男性2人も煙を吸うなどして軽傷。オフィスビルなどが立ち並ぶ一角。20階付近からは真っ赤な炎と黒煙が噴き出し、周辺は一時騒然となったそうです。区営住宅は7~25階が住居で、1~5階に「西神田保育園」なども併設されていて、園児約40人は住民らとともに避難して無事だったということです。150302区営住宅火災2○小.jpg

実は、パレスサイドビルにある㈱毎日ビルディングの窓から見えていました=写真㊨㊤。もう少しアップにすると共立女子大のすぐ横のようにも見えます=写真㊨㊦

グーグルアースで確認すると、パレスサイドビルからは区営住宅は直線距離で800メートルほど。共立女子大はパレスサイドから100メートルくらいですから、区営住宅とは700メートルも離れているんですね。

出火時刻は、ちょうど毎日ビルディングの社員も出社して150302区営住宅火災1○小.jpg仕事を始めたころだったのですが、気づきませんでした。消防車40台が駆けつけたということですが、かすかにサイレンの音を聞いた社員はいたものの、見150302区営住宅火災 地図↑.jpgえるビルとは思いもしなかったようです。ま、なにより、仕事に集中していたってことで・・・。

ビルを管理するものとして、他人事ではありません。もちろん、パレスサイドビルはスプリンクラーの設置などハード、定例訓練の実施などソフトの両面で、日ごろから法令に従って、万全の態勢でビルの管理・運営にあたっています。それでも油断大敵。なおいっそう気を引き締めて、安全・安心のビルにすべく努めていきます。

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