【2019年11月】のアーカイブ

 パレスサイドビルで11月8日、毎年恒例の「鞴(ふいご)祭り」を行いました。「火」の安全を祈る伝統行事ですが、最後に、参列者にミカンを配るのがお約束で、これを食べると風邪や麻疹(はしか)にかからないと言われます。当ビルでも、1箱用意し、みなさんにお配りしました=写真㊤。

 鞴祭りは、東エレベーター塔の屋上階よりさらに上、ボイラーがある部屋の一角に祭壇を設け、九段の築土(つくど)神社の宮司さんに祝詞をあげていただき、お祓いもしていただきました=写真末尾(写真の左奥が祭壇、右奥にはボイラーが映っています)。続いてビル関係者、業務委託会社、協力会社のみなさんなど計約100人の参列者が玉串を奉奠。式典の後、簡単に直会も催しました。

 「鞴(ふいご)」とは「吹子」とも書き、昔の金属の精錬や加工には欠かせなかった送風機。金属を溶かすのに必要な高温を得るため、風を送り込んで火を燃え上がらせました。獣皮を縫い合わせた革袋などに始まり、気密性の箱の中のピストンを往復させて風を送り出すものなどへ進化していったそうです。

 鞴祭りの11月8日は、もちろん、もとは陰暦。特に江戸時代以降、京都や江戸では盛んだったようで、祭りの日には、火を扱う商売の人々は仕事を休んで稲荷神社に詣でてお札を受け、そして、鞴を清めて注連縄を張り、お米、お神酒(おみき)、お餅、ミカンなどをお供えし、作業の無事を祈りました。夕方からは門前で、お供え物のお下がりのお餅やミカンを撒いて近所の子供達に振舞うなどしました。職業でいうと鍛冶屋さんや鋳物師です。これが火を扱う商売に広がり、近代化以降もボイラーなどのあるところで安全祈願の年中行事として行われるようになったということです。

 もともと農耕の神様、穀物の神様であるお稲荷さんが、なぜ火を扱う商売の守護神とされたかについては諸説があるようですが、穀物を調理するための火の神に転じ、さらに火を操る職業の神様にもなっていったという解釈が自然と思われます。パレスサイドビルもボイラーを使っているので、53年前の開館時から安全祈願を続けてきました。

 では、なぜ、ミカンなのでしょうか。江戸時代、ミカンはそれなりに高級品だったでしょう。他方、そもそも、酸を持つミカンの木は、金属を扱う鍛冶屋さんには〝天敵〟ともいえ、庭には植えなかったそうですし、日ごろ、食べるチャンスは多くなかったかもしれません。そんなミカンを、休業日だからこそ、お供えし、思いっきり食べたという説を聞いたことがあります。

 鞴祭りのミカンには、紀伊国屋文左衛門という江戸時代の紀州の大商人との因縁があるそうです。文左衛門が20代の頃、紀州ではミカンが大豊作だったにもかかわらず嵐で江戸へ運べなくなり、価格が暴落したところ、文左衛門はこれらを安く買い集め、命がけで嵐の太平洋を渡って無事江戸へ運び、高値で売って大儲けしたというのですが、このミカンが、実は江戸の鞴祭りのためのものだった――というのです。真偽のほどはわかりませんが、なんとなくもっともらしい話ではありますね。

どうか、この1年、安全に、健康に過ごせますように。