パレスサイドビル界隈を歩く「ぶらパレス」シリーズの渋沢栄一=写真㊤=の続きです。
明治時代、多数の民間企業を設立し、「日本資本主義の父」と呼ばれる渋沢の、経済人としてのスタートが第一銀行です。
明治新政府で新しい国づくりに関わり、1873(明治6)年に大蔵省を辞職。官僚時代に設立を指導していた第一国立銀行創設とともに総監役に就任。2年後には頭取になり、以来、企業の創設・育成に力を注ぎました。
第一銀行は三井財閥系などの組合銀行をルーツとする日本初の株式会社で、82年の日銀開業まで紙幣の発券が認められていました。96年に普通銀行の第一銀行に改組され、戦中戦後の帝国銀行(帝銀)時代を経て第一銀行に戻り、71年に日本勧業銀行と合併して第一勧業銀行、さらに2000年の富士銀行、日本興業銀行との統合を経て、みずほ銀行になっています。
第一銀行が設立された場所が、竹橋から東西線で3駅目の茅場町下車、中央区日本橋兜町4-3。永代通りから少し北東方向に入った、東京証券取引所に近い金融街の一角です。現在は「兜町ビル」といい、みずほ銀行兜町支店が入ります。第一銀行創立当時、三井財閥の「三井組為替方」があった「海運橋三井組ハウス」を譲り受けた壮麗な和洋折衷の5階建て姿で、現ビル南側外壁に往時の建物を描いた「銀行発祥の地」のプレート=写真㊦=がはめ込まれています。
ちなみに、第一国立銀行創設の7年前、横浜の外人居留地に香港上海銀行(現HSBCグループ)の支店が設けられていて、「銀行業務発祥の地」と銘打った記念碑が2006年、HSBCによって建立されました。「業務」というところがミソですね。でも、英語の表記は「Memorial Commemorating Japan's Oldest Bank」(日本最古の銀行の記念碑)で、2006年6月のHSBCのニュースリリースも「日本における銀行発祥の地として記念碑を建立」となっていて、「業務」の文字は有りません。横浜の人にとっては、ここが「銀行発祥の地」なのでしょうね。