【2013年11月18日】のアーカイブ

 先日、神保町画廊でやっていた下水道の内部ばかりの写真展を当ブログで紹介しましたが、すぐ近くに我が国近代下水の発祥の地ともいえる場所があるのをご存知ですか?

 場所はパレスサイドビルからも遠くない神田駅西口を出て靖国通りに向かう多町大通を50メートル足らずの左側。ニ神田下水碑2.jpgシザワ薬局前の歩道に「神田下水」の碑というか、案内板が建っています=写真㊨

 都水道局、千代田区観光協会、日本土木学会などのサイトによると、江戸から明治に時代が移り、海外との交流によりもたらされたコレラが日本各地で度々流行。特に1882(明治15)年には全国の死者3万人、東京府下でも5000人を超えたといい、政府は衛生確保のため上下水道など衛生施設の改良の必要を認識した由。具体的には1883年、東京府に「水道溝渠等改良ノ儀」が示達されたのを受け、内務省技師石黒五十二が、政府お雇い技師だったオランダ人ヨハネス・ デ・レーケの指導を受け、1884~85年に下水道が敷設したとのこと。当時の神田は人口が密集し感染が広がりやすい条件だったために選ばれたようです。

 ちなみに、当時は「万年排水器」と称したそうで、管の断面は横幅610~910ミリ、高さ910~1360ミリ、1846年に英国人J・フィリップが考案した卵を逆さにした形状で、流れる下水の量が少ないときも流速を確保でき、ごみが堆積しない合理的な構造ということです。

 工事は、財政上の理由から2年で中止。結果として建設されたのはレンガ積み管900メートル、陶管3100メートル、計約4000メートルにとどまりましたが、関東大震災や第二次世界大戦、さらには路面交通量の激増など設計時の想定をはるかに超える負荷にも耐え、碑がある神田駅界隈の815 mほどが今も現役で活躍中。うちレンガ積み部分614メートルが1994年に都教育委員会から史跡に指定されました。

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