【2018年5月】のアーカイブ

 毎日新聞本社が有楽町から一ツ橋のパレスサイドビルに移転してから、今年は52年目になります。半世紀前の引っ越し作業を記録した映画「新聞はとめられない」が日本通運のYouTube公式チャンネルで公開されています。(2017年7月19日公開)。写真㊤は半世紀前、完成間近のパレスサイドビルに引っ越しトラック(赤丸)が向かう様子です。19660923紙面.jpg

 日通は過去に企画・製作した物流関係の記録映画を順次、デジタル化して公開しているとのことで、これもその一つ。入念な計画のもと、新聞の発行を止めずに短時間で完遂された大がかりな移転作業が克明に描かれています。映像は毎日映画社に委託して製作しました。

 引っ越しが行われたのは1966年9月22日~23日。秋分の日ということで新聞を発行しない「休刊日」でした。ビルの正式な開館日10月1日より一足早い移転でした。

 映像にも登場する23日の毎日新聞朝刊社会面に「有楽町よさようなら 日通〝史上最大〟の作戦」と題した記事が載っています=写真㊨。この記事や記録映画によると、ト㊧.jpgラッ ク1387台、作業員延べ7500人余を動員し、3000トンに及ぶ大型機械類を運び、移転用の小型コンテナは延べ約2万3000個、段ボール箱約1万4000個に及ぶ「単独ビル移転では、まさに〝史上最大〟の引っ越し」でした。日通は6カ月前に「対策本部」を設置し=写真㊧㊤、作業の検討を続け、印刷機はパレスサイドの新工場に一部新鋭機を設置し たとはいえ、他にも多くの機械などを)旧社屋から搬出=写真㊧㊥(後方は有楽町駅ホーム)、パレスサイドビルに運び込みました=写真㊧㊦。編集部門のほか製作部門の移転が極めて難しかったとして、記事には「どうしたら新聞製作に支障がないように引っ越しを成功させることができるか」を考えたという担当者の談話を紹介してい ます。

 当時の新聞製作と言えば、今のように記事を通信で送り、コンピューターの画面で自由に加工し、割り付㊨.jpgけるわけではありません。鉛の活字を組み込み、記事の修正などピンセットで1字1字拾うという職人技も生きていました。その活字(重量は計数十トンに及んだとか)を、順番通り箱に詰め=写真㊨㊤、新社屋に運び込んで順番を間違えず棚に収める=写真㊨㊦=作業などを、映像は克明に伝え、最後に、新工場で新聞が印刷される様子で〆ています=写真末尾

 上映時間25分。モノクロの映像は、活字時代の新聞社の様子やそこで働く人、引っ越しに携わった人たちの表情を生き生きと伝えています。YouTubeでの視聴は「www.youtube.com/watch?v=XAVcm819bko 」。

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 「新機軸の都会派総合誌」月刊『東京人』5月号=末尾の写真は表紙=の特集に、パレスサイドビルが、またまた取り上げられれました。

 「ビル散歩1960-70年代 レトロから超高層まで」と題した特集です。「またまた取り上げられた」と書いたのは、ちょうど1年前の2017年5月号でも、特集「残したい、伝えたい 東京モダニズム建築」の冒頭で、著名な建築史家、建築評論家である五十嵐太郎さん(東北大大学院工学科教授)が選ぶ「遺したいモダニズム建築5選」の一つとして、パレスサイドビルが4ページにわたって扱われていました。(2017年4月25日の当ブログ参照)

 今回の特集は、まず、座談会「東京はいかなるビルを求めてきたか。」で、藤森照信・江戸東京博物館長、三栖邦博・日本建築士事務所協会連合会名誉会長(建築家)らが丸ビルから霞が関ビル、サンシャイン60、六本木ヒルズなどを解説するほか、都心ビルの植物工場、さらにオフィスの進化などについて縦横に語り合っています。

 続く「都市をつくるビル10選。」の中で、パレスサイドビルが1ページ、取り上げられています=一番上の写真。

 「完成した時代ならではの格好よさに磨きをかけて、今も現役」のビルが世界にも多いとの書き出しで、そういうビルの「日本代表がこのビルだ」と、完成から52年目を迎えたパレスサイドビルを紹介。ビルの特徴である白い2本の円筒を紹介する中で、円筒を覆う白い「プレキャストコンクリート板」について、「(建設)当時の先端技術であるだけに傷みやすく、大交換したことも。民間企業のセンスあるメインテナンスで、皇居脇の美しい風景を維持している」とお褒めいただいています。

 なお、「ビル10選」の他の9つは、新東京ビル、紀伊國屋ビル、大手町ビルヂング、国際ビル・帝劇ビル、新橋駅前ビル1号館、2号館、新宿西口駅本屋ビル・新宿地下鉄ビルディング、八重洲大ビル、ニュー新橋ビル、青山タワービルディング。この中には、先に東京都が発表した耐震診断結果で、震度6強で倒壊の恐れがあるとされたビルも含まれています。レトロなだけでは済まない、ビルの宿命ですね。ちなみに、パレスサイドビルは耐震工事を済ませていますから、倒壊の恐れはありませんので、ご安心ください。

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 なんといっても鯉でしょう。広島カープもセ・リーグ首位を快走中ですから。パレスサイドビルでも、この季節恒例、鯉のぼりが1階・地下1階の吹き抜けを元気に〝遊泳中〟です=写真㊤。もう、皆さんご存知ですよね。この展示、もう、きょう(5月1日)あす(2日)を残すだけ。3~6日の連休後半、ビルは旗日は休館なので、ひと足早く、鯉は〝店じまい〟です。・IMG_20180412_123808.jpg

 この鯉のぼり、館内の飲食店や商店の有志で組織する「パレスサイドビル名店会」(岡田洋明会長=「ティールーム花」を運営する「さかえ㈱」社長)が、季節感あふれる日本の伝統的風習に触れてもらおうと、7年前から毎年この時期に展示しています。

これらの鯉のぼりや武者のぼり は、岐阜県の無形文化財に指定されている郡上八幡の紺屋「渡辺染物店」の名品なんですが、その解説が、今年は充実しています。地下1階通路の中央に5枚のパネルを立て、表・裏に写真を解説分で詳しく紹介しています=写真㊧。さわりだけお知らせすると、この染物は400年以上前から伝わる郡上本染の技法で染め抜いたもので、餅糊で様々な柄や文様を手描きで描いた布を、甕(かめ)で藍玉や木灰、石灰、麩(ふ)などを入れて醸成させた染液に何度も浸した上で、冬の時期に郡上八幡の中央を流れる吉田川でさらして作られたもの。味わい深い色合いが魅力ですね。

今年も、武者のぼりが登場しています。その解説もパネルにありますが、写真㊨は豊臣秀吉の田割譲水攻めの図。上部中央が秀吉、右後方が福島正則・IMG_20180411_123455.jpg、手前が加藤清正です。織田信長の命を受け毛利討伐に乗り出した戦でしたが、本能寺の変を受けて、毛利側に知られる前に和議を結んで京都にとって返した「中国大返し」につながる戦です。もう一枚の武者のぼりは武田信玄・上杉謙信の川中島の戦いで、いずれも水が絡むのは、絵柄として水の青色がほしいということでしょうか。

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