毎日ビルディング02
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周辺施設にも便利ですパレスサイドビルには、地下2~4階に車両300台、地下2階にバイク20台を収容できる駐車場があります。年中無休で24時間営業、全自動精算システムで入出庫もスムーズ。首都高速出入り口(一ツ橋、北の丸、代官町、神田橋)に近く、ビルへの来館はもちろん、周辺施設を訪れる際にも便利にご利用いただけます。駅直結なので、ここを拠点に地下鉄で移動するのもおすすめです。地下6階、地上9階、塔屋3階●駐車場…地下2~4階 ●約300台収容可能敷地面積…11,275平方メートル●建設面積…8,596平方メートル●延床面積…119,625平方メートル 賃貸可能ワンフロア面積6,310.34平方メートル 概 要グルメ&ショッピングの名店がおもてなし。竹橋散策のひとときをお楽しみください。皇居の緑に調和し、都心の一角でひときわの存在感を放つパレスサイドビル。駅からのアクセスはもちろん、首都高速・竹橋ジャンクションの隣に位置するこのビルは、一ツ橋、代官町、神田橋の出入り口に近く、車のアクセスにも大変便利です。東京国立近代美術館、北の丸公園など、文化・緑豊かな都心のオアシス・竹橋をのんびり散策したら、カフェ&レストラン、ショップがもてなす楽しいひとときをお過ごしください。竹橋駅直結・パレスサイドビル日本一の巨城が築かれた地平川門皇居東御苑の都道府県の木故郷の木を探してみよう北の丸公園田安門最古の江戸城建築遺構築土神社清水門周囲の緑に映える白い門東京メトロ竹橋駅を出ると、目の前に広がる緑豊かな皇居。東京の中心にあるこの地には、かつての江戸城の面影が色濃く残ります。また、緑深いこの一帯は周辺市街地よりも一日を通して気温が低く、都内有数のクールアイランドとしても知られる場所。晴れ渡る夏空の下、水辺や木陰に涼やかな風が吹く皇居の森で、のんびり江戸城散策を楽しんでみませんか?昔の面影をよく残す枡形門で、帯曲輪が門から長く延びているのが特徴。大奥の通用門として使われていたことから「お局門」と呼ばれました。脇には小さな別の門があり、ここから死人や罪人が出されたことから「不浄門」とも呼ばれたそうです。門前にかかる平川橋は、江戸時代の木橋の様子を今に伝えています。1都1道2府43県、日本全国すべての木がここに植えられています。これは、昭和43年に皇居東御苑が一般公開された際に各都道府県から寄せられたもの。ちなみに沖縄県の木は、沖縄が本土に復帰した昭和47年に加えられました。二の丸庭園の隅にあるので、木陰でゆっくり涼みながら自分の故郷の木を探してみるのも楽しいかもしれませんね。かつて江戸城の北の丸があった場所。明治維新後は近衛師団の兵営地となりましたが、その後森林公園として整備され、昭和44年に一般公開されました。都心とは思えないほど豊かな花木にあふれ、四季折々に自然を楽しむことができます。中央には池もあり、夏は水辺の木陰でのんびり過ごすのもおすすめです。 古くは上州街道の起点として「田安口」「飯田口」と呼ばれ、門内には田安明神がありました。8代将軍吉宗の時代、第二子宗武が徳川御三卿の一つ田安家を興し、屋敷を構えました。門の創建は寛永13年。幾たびの火災にあいながらも高麗門は残り、300年以上を経た現在にその姿をとどめています。創建の年代は不明ですが、現存する門は万治元年に再建されたもの。かつてこの地に清水寺があったことから、その名をとって清水門と呼ばれるようになったと考えられています。9代将軍家重の第二子重好がこの門内に一家を創立し、徳川御三卿の一つ、清水家を興しました。かつては田安明神と呼ばれ、北の丸にあった神社。平将門の首が祀られたことでも知られ、武勇長久の神社として親しまれています。12345篤姫の生きた江戸城皇女和宮が14代将軍家茂にご降嫁の際、清水家の屋敷からこの門を出て城内に入ったそうです。今昔納得メモ納得メモちょっと立ち寄り大奥女中たちが通った「お局門」公園中央には明るい芝生と池。緑豊かな都心のオアシス今話題の篤姫が13代将軍家定に嫁いだのは21歳のとき。江戸渋谷の別邸からの輿入れは大変豪華なもので、入城の際、行列の先頭が江戸城に到着しても最後部はまだ渋谷の屋敷を出ていなかったといいます。ちなみにこの輿入れの行列は、平川門から城内へと入りました。篤姫が暮らした江戸城・二の丸跡には回遊式の美しい日本庭園があり、今も当時の面影を残しています。 東京の中心に広大な緑地を残す皇居は、自然と歴史の宝庫。かつては徳川将軍が入城した日本一の巨城、江戸城でした。 その歴史が始まるのは、豪族・江戸氏がこの地に館を築いた平安後期のこと。その後、室町時代に入って武将・太田道灌がこの館を拡張し、城を築きました。 徳川家康が江戸へ入府したのは天正18(1590)年。そのころの江戸には湿地の野原と武蔵野の森林が広がり、城下町といえども小さな村があるだけ。江戸に入った家康は、城よりもまず城下町の整備に力を注いだそうです。 関ヶ原の戦いに勝利して天下人となった家康は、本格的な築城に着手。海を埋め立てて城下を広げ、城内には石垣、二の丸、三の丸、天守閣などが築かれました。石垣の巨石は伊豆で切り出したもので、今も変わらぬ姿をお堀の向こうに見ることができます。この大改修は約50年の歳月をかけて、3代家光の時代にようやく完成をみました。 日本一を誇った五層の天守閣には金色の鯱が輝き、江戸中からその威容を見ることができたといいます。残念ながら天守閣は明暦3(1657)年の大火で焼け落ち、その後再建されることはありませんでした。 明治に入ると江戸城は東京城となり、現在は緑豊かな「皇居」に。敷地内には今も門や櫓などが現存し、この地に刻まれた歴史の面影を垣間見ることができます。ものがたり夏のクールウオーク駐車料金車両 :30分ごとに300円バイク :60分ごとに100円、1日最大800円門には大砲鋳造者の銘が残り、平和なこの時代には門の釣金具づくりに鞍替えしていたことがうかがわれます。今昔納得メモ納得メモ地下大駐車場を完備今昔納得メモ納得メモ平川門の前には、かつて御三卿(将軍職に就ける家柄)の一つ一橋家の広大な屋敷がありました。現在は史跡碑が立っています。徳川家の御三卿であった田安家と清水家が上屋敷を構えた場所。敷地内には馬場や御蔵地などもありました。今昔納得メモ納得メモ[参考] 環境省:平成20年6月13日報道発表資料 http://www.env.go.jp/茨城県栃木県群馬県埼玉県千葉県東京都神奈川県:ウメ:トチノキ:クロマツ:ケヤキ:イヌマキ:イチョウ:イチョウ関東地方の木重要文化財重要文化財皇居はクールアイランド!COOL ISLAND深い緑に包まれた皇居。この広大な都心の森が、実は都内有数のクールアイランドとなっていることをご存知ですか? 昨年夏に行われた環境省の調査によると、皇居外苑の気温は一日を通して周辺市街地よりも約1.0℃低いことがわかりました。8月中には最大で2.8℃低い時間帯もあったそうです。皇居の森でつくられた冷気は夜間にお堀を越えてにじみ出し、周辺市街地の気温低下にもつながっているそうです。竹橋駅九段 下駅神保町駅大手門二の丸庭園パレスサイドビル東京メトロ東西線平川門1皇居東御苑の都道府県の木2北の丸公園3田安門45清水門コースMAPP内堀通り日本武道館築土神社科学技術館平川門一ツ橋河岸一ツ橋竹橋東京国立近代美術館東京国立近代美術館工芸館北の丸スクエア白山通り首都高速N北の丸出口一ツ橋出口代官町出口靖国通り至大手町至新宿至小川町天璋院古写真(尚古集成館蔵)旧江戸城写真帖(作=横山松三郎、高橋由一 東京国立博物館蔵)Image : TNM Image Archives田安門(毎日新聞社蔵)平川門(毎日新聞社蔵)夏の散策のポイント水分補給はしっかり。帽子をかぶる、日陰でこまめに休むなど、熱射病や熱中症には十分気を付けてのんびり楽しみましょう。都営新宿線東京メトロ半蔵門線

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