【2016年9月】のアーカイブ

929日、パレスサイドビル西口玄関前で「出張献血」がありました。午前中は早速9人の方を受け付けました。

パレスサイドビルは春と秋の毎年2回、献血に取り組んでいます。最近は毎回、2日間行うのが定着してきて、あす30日にも実施します。

29日はちょっとお天気が不安定で、午後からは雨模様の予報もあり、赤十字の方も、気をもんDSC_8033トリ.jpgいます。このブログをご覧の方、本日午後、あるいは30日、是非、ご協力ください。

さて、血液が足りません。これは、近年の化学療法や骨髄移植など輸血医療の目覚ましい発展の一方、少子高齢化の進展などに伴う献血者の減少で、血液不足が慢性化しているのです。加えて今年は、このところの台風の連続上陸をはじめとする天候不順の影響が加わっているわけです。出張献血を予定していても、台風で中止、なんていうこともあったそうです。

献血の受付時間は29午後が015分~4時、30日は午前中が10時~11 時、午後は015分~4時。採血自体の所要時間は10分程度ですが、医師による問診等を含め、受付から終了まで3040分かかります。

過去に献血した人は献血カード・献血手帳、これらを持たない人は身分証明書(社員証でOK)をご持参ください。

なお、献血者には、ALTGTP)、γGTP、コレステロール、グリコアルブミンなどの15項目の検査結果が、後日、郵送で届きます(無料)。

一人でも多くの方のご協力をお願いします。

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 パレスサイドビルを出てぶらりと江戸城(皇居)「二重橋」へ。9月14日に書いた続きです。

 前回、地下鉄千代田線「二重橋前駅」を降り、皇居外苑の楠正成像のほぼ真正面に「皇居正門石橋」があり、そのすぐ奥にもう一つ、「皇居正門鉄橋」があること、「二重橋」とは、正式には「鉄橋」を指すこと、とは言え、「石橋」と「鉄橋」を合わせて「二重橋」ということなどを書きました。

 歴史上、「二重橋」の名を冠した事件が、大きく3つあります。今日はその話。

 まず一番大きな事件が1954年1月2日の「二重橋事件」。正月恒例の皇居の一般参賀に大勢の人が訪れ、「二重橋」で将棋倒しになって16人が死亡、65人が重軽傷を負うという大惨事になったのです。事件とは言っても、事故ですね。一番上の写真は、これを報じた1月3日「毎日新聞」朝刊社会面です。二重橋事故・『アサヒグラフ』 1954年1月20日号小2.JPG

 皇宮警察と警視庁丸の内署の警備が不十分だったということで、警察は警備上の欠陥を認めて、犬養健法務大臣らが被害者を慰問したそうですが、皇宮警察と警視庁での説明が食い違い責任をなすりつけ合うような格好になったといいます。いつの時代も、同じようなことがあるんですね。最終的に警察関係の9人が処分されたようですが、刑事事件にはならなかっ二重橋事故皇居内から見た橋上と広場の群衆 19540102小.jpgたとのこと。

 この現場の橋は、新聞紙面では分かりにくいですが、写真㊨㊤(『アサヒグラフ』 1954年1月20日号)や他の現場写真㊨㊦などを見ると、上記2つの橋のうち、間違いなく「石橋」です(14日に塔ブログに乗せた写真参照)。つまり、正確に言って、「二重橋=鉄橋」ではないということになります。

 あと2つは戦前で、爆弾絡みの事件です。

 一つ目の二重橋爆弾事件は、1922(大正11)年3月17日、大正天皇(摂政宮)に上奏文を渡して直訴する目的で二重橋から入り込もうとした労働者・藤田留治郎が、持っていた爆弾に火を付けて橋の上で爆死した事件です。

 二つ目の二重橋爆弾事件は、1924(大正13)年1月5日に朝鮮独立運動組織・上海義烈団のメンバーの金祉燮(キム・ジソプ)が皇居突入を図って警官に手りゅう弾を投げつけた(いずれも不発)事件で、金は無期懲役が確定(後に懲役20年に減刑)し、1928(昭和3年)獄死しました。

 両事件とも、やはり舞台は「石橋」で、「二重橋事件」の名は不正確と言えますが、目くじらを立てることはないか・・・。

 ちなみに、皇居外苑を管理する環境省のサイトの「二重橋」を紹介するページ=写真㊦=には「『二重橋』は一般にこの二つの橋を総称して言われていますが、厳密には奥の橋を指します」と説明しています。ただ、写真は石橋で、奥の鉄橋は見えません。せめて、両方の橋の写真は使ってほしいところですね。じゃないと、「石橋=二重橋」という世間に広くある誤解を助長しかねないと思いますが、いかがでしょう。

環境省HP.jpg

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 パレスサイドビルを抜け出してぶらりと散歩。先日、江戸城(皇居)東御苑の「皇居正門石橋旧飾電燈」のことを書きました。

 皇居前広場から皇居に通じる「皇居正門石橋」の飾電燈の更新に伴い、古いものが移設されて残っているということでした。

 その「皇居正門石橋」を復習しておくと、場所は地下鉄千代田線「二重橋前駅」を降り、皇西の丸大手橋2トリ.jpg居外苑の楠正成像のほぼ真正面にあり、江戸時代からの「西の丸大手橋」と呼ばれる木橋=写真㊨㊤=が、明治になって宮殿を造営する際、代わってこの石橋に架け替えられたとのこと(1886年=明治19年3月起工皇居正門石橋 小.jpg、1887年12月竣工)。岡山産の花崗岩造り、長さ35.3メートル、幅12メートルで、橋脚は円弧のアーチを二つ並べた眼鏡橋の形になっています=写真㊨㊦

 それはいいとして、きょうのお題は「二重橋」です。

 というのは、「皇居正門石橋」が「二重橋」だと思っている人が多そうだからです。違うのかって? 確かに、アーチ二つで二重橋ってイメージですが、二重橋は別にあるのです。そう、一番上の写真です。「二重」じゃないですが、「二重橋」です。

 二重橋の正式名称は「皇居正門鉄橋」。名前の通り鉄製です。江戸時代は「西の丸下乗橋」と呼ばれていたものが、明治になって鉄橋に改修されました。1888年(明治21)年3月26日と言いますから、「皇居正門石橋」に3カ月ぐらい遅れての完成です。そして、戦後、1964(昭和39)年、皇西の丸下乗橋3.jpg居宮殿建設の際、現在の鉄橋に架け替えられたとのこと。

 「二重橋」の由来を確認すべく、ネットで見つけた写真が㊧㊤の写真です。上の橋の下、低い位置にでも渡れるようになっていますね。これが「二重」の意味です。

 この写真について、ネット上で江戸城西の丸大手門屏風絵図 ○.jpgは「江戸時代の木の橋」という説明と、「明治にかけ替えられた最初の鉄橋」とする説明の二通りあります。なんとなく、写真は木製のように見えますが、江戸時代の「屏風絵図」(㊧㊦)の西の丸下乗橋(図の赤丸囲い)を見ると、二重ではありません。

 よくわかりませんが、この「二段重ね」が「二重橋」の名の由来なのです。

 ただし、この「鉄橋」と「石橋」の二つを総称して「二重橋」と言うこともあるそうです。もちろん、厳密には間違いですが、よく見ると、真ん中の「大手橋」「石橋」の写真で、手前の橋の向こうにかすかに「下乗橋」「鉄橋」が見えないでしょうか。これで、二つ合わせて二重橋というのもアリ、っていう感じです。

 もっとも、どっちにせよ、二重橋は俗称で、正式名称ではありませんけどね。

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 恒例の「出張献血」が9月29日(金)、30日(土)の2日間行われます。パレスサイドビル西口玄関前に献血バスが訪れますので、ご協力、よろしくお願いします。(写真㊤は案内ポスター、㊨㊦は2015年9月の時の受付の様子)

 パレスサイドビルで春と秋の毎年2回、実施しています。今回もその一環で、2日間行います。

 両日とも、受付は午前中が10時~11時、午後は0時15分~4時。採血自体の所要時間は10分程度ですが、医師による問診等を含150929③小.jpgめ、受付から終了まで30~40分かかります。

 献血してくださった方には、ALT(GTP)、γ‐GTP、コレステロール、グリコアルブミンなどの15項目の検査結果が、後日、郵送で届きます(無料)。

 日赤は、献血する人に、最低4時間の睡眠が必要だとしています(睡眠不足で疲労が抜けず、献血終了後に一過性の血圧低下により気分が悪くなる場合があるため)。また、午前中に献血する人には朝食(軽食でも可)を摂ってきていただくよう、求めています。

 なお、「過去に輸血、臓器移植を受けた」「海外から帰国して4週間以内」「3日以内に出血を伴う歯科治療をした」などの人は献血できません。特に、エイズ感染の可能性がある人、検査目的の人は絶対に献血をしないよう、お願いします。

 一定の治療薬を服用している人も献血できませんが、降圧剤(心臓などの合併症がないこと、血圧がほぼ正常域にあることが必要)、ビタミン薬(ビタミン薬による貧血治療中を除く)、ミネラル剤(鉄剤による貧血治療中を除く)、漢方薬(肝疾患、感冒、喘息などの治療目的を除く)など当日服薬しても献血可能なものもあります。

 過去に献血した人は献血カード・献血手帳、これらを持たない人は身分証明書(社員証でOK)を持参するよう求めています。

 その他の疑問の点を含め、当日、ご相談ください。

 一人でも多くの方のご協力をお願いします。

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 パレスサイドビルは「防災の日」の9月1日に「震災対応訓練」を実施し、5階毎日ビルディング事務所と1階防災センター、地下6階中央監視室を中心に、約50人が参加しました。

 この日は93年前の1923年に関東大震災が起きたことから、毎年、各地でさまざまな訓練等が実施されるなど、防災に取り組む日になっています。毎日ビルも毎年、この日の前後に訓練を実施しています。

 訓練は午前10時、震度6弱の地震発生という想定でスタートし、全館停電になるも、直ちに自家発電機を起動させて電源を確保する手順を確認。揺れが収まると、毎日ビルディングの各部署をはじめ、警備を委託しているアイング、設備管理を委託しているグローブシップ、清掃を委託しているセイビの各協力会社からも次々と人員確認・安否確認が報告され、同時に毎日ビル社長を本部長とした「震災対策本部」が発足=写真㊤。設備管理要員がマニュアルと当日の指揮に従って、無線機を持ってビル内の点検に出発し=写真㊨下、営業部は各階テナントの安否確認と駐車場内の点検に回りました。

 この後、「エスカレーター2機が停止して計3人が閉じ込められた」「エスカレーターから転落してけが人発生」「地下1階食堂で火災」DSC_8009小.jpg「地下4階駐車場で自損事故が起こり泡消火器が起動」などの情報が本部に集まり、これをホワイトボードに書いていくとともに、各関係部署に人員派遣などを指示していきます。

 そうこうするうちに、10時35分には震度5強の強い揺れが再び発生。机の下などに隠れて身を守った後、現場に出ている係員を含め、社員らの安否を再確認しました。

 その後も、「1階店舗で棚が崩れて人が下敷きになった」などの想定で10時50分までしっかり取り組みました。

 訓練終了後の午前11時から「検討会」を行い、旨く出来た事だけでなく、報告が漏れた、報告内容が正確に伝わらなかった、指示が不徹底だった、現場作業の終了報告を怠った・・・などさまざまな反省点も率直に報告し合い、今後の課題を確認しました。

 パレスサイドビルでは、放水などの実技を含む春と秋の総合消防訓練のほか、今回のような震災対応訓練を春秋冬の年3回実施しています。各回、真夜中の発生を想定するなど、状況をさまざまに変えながら、イザという時に備えています。

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