【2015年5月】のアーカイブ

 パレスサイドビルを出て、昼休みにぶらぶら江戸城へ。ツツジに1カ月ほど遅れて、サツキが見ごろです。東御苑を歩くと、ピンク色の花が各所を彩っていますが、ワンパターンながら、やはり二の丸庭園でしょう。諏訪の茶屋の前あたりが、やはり綺麗です=写真㊤。日頃のお手入れのよさに改めて感服!!

 真っ赤に近い色もあるツツジと並べて比べれば地味という感じかもしれませんが、どうしてどうして、これだけ集まれば、なかなか豪華ではありませんか。

 二の丸池の脇にある「菖蒲田」ではアヤメ、イチハスはもう終わり、カキツバタはまDSC_5567.jpgだ残り、ハナショウブとノハナショウブはこれからが盛り、というところでしょうか。サツキの生け垣とのコンビネーションが素敵ですね写真㊨

 サツキは漢字で皐月と書かれ、サツキツツジ(皐月躑躅)を省略したそうです。名前の通り旧暦の5月に咲きます。ツツジ科に属し、元々は山奥の渓流沿いの岩肌などに自生していた、つまり、へばりつくように生えていたので、ツツジに比べて小さいです。葉を比べると、ツツジは長さ5~7センチ、厚さ約1.5センチくらい、サツキは長さ2~3センチ、厚さ6ミリ程度と、半分かそれ以下。ツツジの葉は光沢がなく、葉の裏側は服などに付着し易いのに対し、サツキの葉は表側がつやつやしています。

 東御苑は9~17時開園(入園は16時30分まで)。原則として月曜と金曜は休園、他にも臨時休園があるのでご注意を。

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 関東地方も遠からず梅雨の季節。近年はゲリラ的な集中豪雨も頻発していて、警戒を怠れません。そんなわけで、パレスサイドビルは5月24日、水害の発生に備えた「水防訓練」を実施しました。

 毎日ビルディング社員をはじめ、ビル警備を委託しているアイング、設備管理を委託しているグローブシップ、清掃を委託しているセイビの各担当者の総勢45人が参加しました。

 まず地下2階の地下鉄竹橋駅改札に続く2か所のビル入口を防潮扉でふさぐ訓練です。エスカレーターがある入口では、床のブロックや天井の鉄板をマニュアルに従って外し、売店の裏側に収納されている2枚に分かれた天井まである防0DSC01568小.jpg潮扉(厚さ約20センチ)を引っぱり出し、最後に補強の鉄棒を取り付けて固定しました=写真㊤

 地下鉄改札から西エレベーター塔につながる入口も、開き戸を閉じ、同様に封鎖しました=写真㊧

 続いて駐車場入口、スロープの上のところに防水板を設置する訓練も行いました=写真㊨㊦

 この後、パレスサイドビルの周囲を回り、浸水危険個所をチェック。玄関自動ドアのすき間や玄関横の植栽ブロックのすき間など、土のうを積んだりして水の浸入を阻止しなければならない場所を全員で再確認しました。0DSC01572小.jpg

 最後に、土のうを点検。地下2階、5階、6階に計役10カ所の配置場所があり、袋が破れたりしていないかなどを確認しました。さらに、非常用備蓄品の保管場所の確認をして訓練を終えました。

 今回の訓練は、みな、落ち着いて取り組めましたが、もしもの時には、とかくあわててしまうもの。間違いなく対応するには、日頃からの訓練を怠らず、ビル警備に当たることが必要だと、改めて参加者一同、肝に銘じました。

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 パレスサイドビルを抜け出して江戸城(皇居)散歩。このところ、中之門を詳しく紹介してきました。なにしろ、江戸城で最大級の35トンもの巨石が使われ、しかも表面がきれいに加工されていますから、さすが、中枢。

 さて、中之門の手前に、大きな、というか、長~い建物がありますね。「百人番所」です。

 「番所」とは、警備の詰所のこと。まあ、検問所といった方がよさそうです。

 長さ50メートルを超える建物は、数ある城内の番所でも最大規模で、鉄砲百人DSC_3474.jpg組と呼ばれた甲賀組、伊賀組、根来(ねごろ)組、二十五騎組(廿五騎組)の4組が交代で、昼夜を問わず警護に当たったことなどが、案内板にも書いてあります=写真㊨。各組には各100人の同心(どうしん)が配属されていたところから百人番所の名が生まれたそうです。

 4組の名前を見ると、「忍者」が思い浮かびますね。甲賀組は滋賀県南東部(甲賀市)の集団、伊賀組は有名な服部半蔵が率いていた伊賀上野(三重県上野市)の集団。家康により召抱えられ、諸大名の内情を探ったり、江戸城下の治安を警護したりしました。根来組は紀州根来(和歌山県那賀郡)の根来寺の僧兵を中心とした鉄炮軍団がルーツで、秀吉に敗北した後、家康に召抱えられました。二十五騎組は、もともとは黒田官兵衛が家臣の中から選んだ精鋭軍団で、後藤又兵衛や母里太兵衛などもいたようで、一般には「黒田二十四騎」と呼ばれることが多いそうですが、官兵衛の嫡男長政を含め「二十五騎」とも呼ばれました。長政は家康の信任厚く、この流れを引き継いで江戸城警備に抜擢されたのです。

 4組は幕府直属、若年寄(老中に次ぐ重職)配下の独立部隊として編成されました。将軍が寛永寺や増上寺に参拝する際には山門を警備するなど、一種の親衛隊だったのでしょう。

 組屋敷は、甲賀組が青山、伊賀組が大久保に、根来組が市ヶ谷、二十五騎組が内藤新宿にありましたが、これらは全て甲州街道沿い。江戸城が万一攻められて落城するような事態になったら、将軍が大手門の正反対に位置する半蔵門から抜け出し、内藤新宿から甲州街道を通り、八王子を経て幕府の天領である甲府に逃れる手はずになっていたといい、そのための屋敷の配置だったとか。

 ちなみに、大久保の近くに「新宿区百人町」という地名がありますが、これは伊賀組屋敷があったことに由来し、新大久保駅前にある「皆中(かいちゅう)稲荷神社」の名も、鉄砲の名手たる伊賀組の「みんな的中」からきていると、神社のホームページ(http://kaichuinari-jinja.or.jp/)にありました。

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 パレスサイドビルの向かい、江戸城(皇居)の中之門の話を1、2月に4回ほど書きましたが、久しぶりにその関連の話題です。

 1704年に門を修復した鳥取藩32万石の第3代藩主・池田吉泰の池田家は、徳川家一門(親藩)に準ずる家格を与えられていた名家だと、繰り返し書きました。旧因州池田屋敷表門の看板.jpg

 徳川300年、江戸に構える大名の屋敷にも、家の格、財力が反映します。上野公園の東京国立博物館に、「屋外展示」の一つという位置づけで、道路からも見える立派な門=写真㊤=があるのをご存知の方も多いでしょう。案内板には「旧因州池田屋敷表門(黒門)」と書いてあります=写真㊨。そう、鳥取藩江戸上屋敷の正門だったんです。江戸時代は旧丸の内大名小路(現在の千代田区丸の内3丁目)にあったものが、明治時代に当時の東宮御所正門として移された後、高松宮邸に引き継がれ、さらに1954(昭和29)年に上赤門.jpg野に移築されたもので、国の重要文化財に指定されています。

 門の色というと、有名な門がありますね。そう、東大の「赤門」です=写真㊧。本郷キャンパスの敷地はかつて加賀藩前田家の江戸上屋敷などがあり、1827年に第12代藩主斉泰が第11代将軍徳川家斉の第21女溶姫を迎える際に造られ たのが赤門です。将軍家から夫人を迎える場合、門を朱色に塗る慣習があったそうですが、現存するのは、この赤門だけということです。

 さて、上野の門は、見かけの通り、別名「黒門」なんですが、東大の赤門ほど定着していません。なんでかなぁ、と考えていたら、上野にもう一つ、別の「黒門」があったことを知りました。きっと、これと紛らわしいからに違いないと思い至った次第。

 1868年5月15日、江戸城無血開城に不満を持つ彰義隊などが上野山に立て籠もり、新政府に抵抗、新政府軍が武力鎮圧した上野戦争。その最激戦地の一つが、山に8つあった門の一番前の門で、これを「黒門」と呼んでいたのです。彰義旧上野の黒門.jpg隊の戦死者266人の遺体は新政府をはばかってなかなか回収されなかったのが、円通寺(荒川区南千住1丁目)の住職らの尽力で回収され、同寺に埋葬され墓も造られました。同寺のホームページによると、黒門は1907年に「帝室博物館」(東京国立博物館などの前身)から下賜され、境内に移されたということで、荒川区指定有形文化財として今も残されていますが、柱が穴だらけなのがわかりますか=写真㊨。上野戦争の弾痕とのこと。

 歴史的遺物は楽しい出来事、明るい話を伝えるものばかりじゃありません。

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 第17回国際バラとガーデニングショウ(毎日新聞社などで作る組織委員会主催、公式サイト「http://www.bara21.jp」)が、埼玉県所沢市の西武プリンスドームで開催中です!! もう行きましたか? まだ行っていないあなた、ご安心ください。バラ1小.jpg今週末の17日(日)までやっていますヨ。
 ご存知、世界のバラと美しいガーデニングを紹介する国内最大級の祭典で、全景は写真㊨のような感じです。今年は「デリシャスガーデン」――毎日の生活に密着した「参加、体験する」ガーデン――をテーマに、おなじみの「ローズアベニュー」のほか、「特別企画」や「アラカルト」など多彩なコーナーがお目見えし、訪れる人々を魅了しています。
 開幕早々に行った知人が、メールで会場の様子を伝えてくれたので、ご紹介します(順不同)。
 まず、一番上の写真が「アンデルセン物語の庭」。今年は童話作家ハンス・クリバラ2トリ小.jpgスチャン・アンデルセン生誕210年ということで、ガーデンデザイナーの吉谷桂子さんが、人魚姫やおやゆび姫など子供の頃に読んだ物語の世界を立体的に表現しています。知人曰く「近くで見ると、さすが彼女!と思わせるような、優しく、細部までこだわったガーデンでした。写真の「赤い靴」がテーマのコーナーは、赤い花やダーク系の葉を上手く入れてあり、園芸初心者をうならせるものでした」。
 お次は、今年生誕100年を迎えるスウェーデンが誇る女優の名を冠したバラ「イングリッド・バーグマン」を紹介するコーナー=写真㊧(ちょうどテレビカメラ撮影中)。2000年に世界バラ会連合で殿堂入りを果たし、今も多くの人に愛されているということで、知人曰く、「少しクラシカルな薔薇ではあるけれど、深紅色で凛とした面持ちのバラは大人の気品があり、深い輝きに魅了されました」。バラ6小.jpg
 もう一つ、英国貴族出身のベニシア・スタンリー・スミスさんの庭です=写真㊨。京都・大原の古民家でハーブや季節の植物を育て、自然に寄り添いながら暮らすベニシアさんのライフスタイルとともに、庭を再現しています。知人曰く、「テレビの映像しか見たことがないけれど、画面の中に入ってしまったようにリアルに再現されていました。ただ鉢で寄せ植えてあるので、花数が多く、実際よりも、豪華だったようにも思われます。バラはあまり目立っていなかったです」。
 このほか、特別企画の「風のガーデン」=写真㊦、毎日新聞埼玉県版より=バラ 風のガーデン.jpgは、北海道・富良野を拠点に活躍する脚本家・倉本聰さんの同名ドラマの庭を再現しいます。
 開園時間は9時半~17時半、最終日は17時まで(入場は終了30分前まで)。当日券は大人(中学生以上)が2200円、小学生以下無料(保護者同伴)。

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 1年近く前、ビルの名前をネタに2回ほど書きましたが、久しぶりにまたビル名の話です。

 ネットでいろいろ検索していて、アイドルグループ「AKB48」絡みで話題になっているビルがあったので、その話を。

 AKB48を運営するのは「株式会社AKS」で、竹橋からも地下鉄東AKS本社.JPG西線・日比谷線を乗り継いですぐの秋葉原駅近くにあります。JR駅北西の線路沿いにある再開発エリア「秋葉原クロスフィールド」の西隣り、AKB48劇場もあるドンキホーテのビルですね=写真㊨

 秋葉原のJR線路脇(千代田区神田練塀町)にある「AKSビル」というオフィスビルが、一番上の写真です。同じ秋葉原なので、ここが「AKBの本社ビルか?」と、ネット(例えばOK Waveなど)で話題になっているようです。(ファンは小さなことにも興味津々)

 ちなみに、「株式会社AKS」の由来は、A(秋元康・総合プロデューサー)、K(窪田康志・AKS元代表)、S(芝幸太郎・Office48代表)という「秋葉原48プロジェクト」草創メンバー3人の頭文字といいます。また、「AKB48」という名前自体、秋葉原(AKIHABARA)に由来すると思っていましたが、一説にはAK(秋元の「あき」)、KB(窪田「くぼ」)、48(芝の「しば」)から誕生したという説もあるとか。

ま、それはいいとして、「AKSビル」は写真のごとく、2004年竣工のなかなかユニークなビルで、鉄骨造・地下1階地上8階建て、延べ床面積1万平方メートル余り。設計・施工の竹中工務店のサイトには「外装は計画道路・JR高架・地区施設広場といった面ごとに異なる環境に対応し、変化させることで豊かな表情を創出しました」とあります。

 一般に「野村不動産の物件」と言われますが、同社の有価証券報告書には「当社グループが賃借している主要な転貸用建物」として記載されており、オーナーは青果物卸売で最大手の東京青果㈱(本社・大田区)。そこで、東京青果のサイトを除いてみると、「沿革」に「平成16年10月 秋葉原にAKSビル完成」と記されています。神田市場の碑.jpg

 なぜ青果が秋葉原?? 東京青果は、今は秋葉原から大田区に移転しています。というのも、JR秋葉原駅の北西、オフィス・商業施設・産学連携関連施設などが複合した「秋葉原クロスフィールド」が2006年にオープンしましたが、この一帯は、かつての「神田青果市場」でした。JRの線路を挟んでAKSビルの反対側です。クロスフィールド内の植栽には「神田青果市場跡地」のプレートが設けられ=写真㊨、「昭和3年(1928)から平成元年(1989)の61年の間ここに日本一の青果市場がありました。現在、市場は大田区東海に移転AKSビル表紙.jpgし、大田市場と名を変えています」とあります。AKSビルは東京青果㈱が大田区に移転した跡を再開発したものなのでしょう。

 では、AKSというビル名の由来は?――これが、いまひとつよくわかりません。

 月刊「建築技術」という雑誌の2006年5月号=写真㊧=は表紙もAKSビルで、その目次を見ると、竹中工務店の人の報告が載っていて、「AKSビル(東京青果秋葉原ビル)」という表記があります。「A」または「AK」が「秋葉原」として、「S」は「青果」でしょうか・・・「再開発」かもしれません。

 そんなことを考えながら秋葉原の街を歩いたら、妙に疲れちゃいました。

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 なかなか見応えがある展覧会です。「ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美」(毎日新聞社など主催)に行ってきました。会場は東京・渋谷の「Bunkamuraザ・ミュージアム」。連休中、思ったほど混んでませんでした。6月28日(日)まで開催されます。

 受胎告知、聖母子、ヴィーナスなどで知られるサンドロ・ボッティチェリ(1445~1510年)および彼の工房の作品多数が、イタリア、フランス、アメリカから参集。日本初公開作品14点を含む17点を一度に見られる空前絶後の貴重な機会です。

 一番の見モノは、やはりフィレンツェ・ウフィツィ美術館所蔵の至宝、フレスコ画(壁画)「受胎告知」=写真㊦=です。縦2.43メートル、横5.55メートルの大作は、よ~く見ると真中で二つに切れているようでした。二つに分けた にしても、運受胎告知.jpgぶのはどれほど大変か。フィレンツェのサンタ・マリア・デッラ・スカラ施療院付属聖堂にあったものを20世紀初頭に壁からはがしてウフィツィ美術館に移したそうでケルビムを伴う聖母子.jpgす。マリアが、神から遣わされた大天使ガブリエルから「あなたは身ごもって男の子を生むが、その子をイエスと名付けなさい」と告げられる場面です。会場では、絵を痛めないためか、照明が抑え目で、写真より、ちょっとくすんで見えましたが、荘厳なオーラが周囲を圧していました。フレスコ画らしい表面の起伏などを含め、作者の息遣いが感じられるような気がしました。

 「ケルビムを伴う聖母子」(1470年頃、テンペラ・板、120×66cm、ウフィツィ美術館蔵)=写真㊨㊤=をはじめ、「聖母子と二人の天使」は1468~1469年頃のテンペラ画(ストラスブール美術館)=写真㊨㊦=のほかワシントン・ナショナルギャラリーからも同名作品が出展されるなど、会場はまさに母子だらけ。作品により、イエスの顔、マリアの表情がだいぶ違ました。

 ボッティチェリの代表作「ヴィーナスの誕生」の女神の姿のみを取り出して描かれた「ヴィーナス」聖母子と二人の天使2.jpg写真㊧㊦=もあります。輪郭線の美しさが際立つ黒を背景に描かれた作品は、ボッティチェリ工房の作として3点知られていて、本作はそのうちの一つということです。なかなかなまめかしいのですが、ボッティチェリは、実は女性は苦手だったというような記述があった気がします。

 あと、イタリア政府の「門外不出リスト」にも登録されている傑作「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」(1477~1480年頃、テンペラ・板、直径96.5cm、ピアチェンツァ市立博物館蔵)も展示されていたのですが、これは5月6日までで終了。その他の作品については公式HP(http://botticelli2015.jp)を参照してください。

 ヴィーナス.jpg今回、ボッティチェリの作品はもちろんですが、ルネサンス時代の歴史の説明が充実していたのが、想像以上の収穫でした。

 ボッティチェリらが活躍した15世紀、花の都フィレンツェで芸術家たちが数々の傑作を生み出したのには、銀行家でもあったメディチ家の資金力が不可欠でした。それはヨーロッパ全土の貿易とビジネスを支配し、金融業によって財を成したがゆえのことでした。近年、利子を取ってはいけないという「イスラム金融」が話題ですが、1聖書はそもそも、お金を同胞に貸してそこから利益を得ることを禁じているそうです。とはいえ、貨幣経済の発達に伴って日常生活で金貸し業は必要になり、キリスト教の「同胞」ではないユダヤ人に許されました。「ベニスの商人」ですね。やがて両替業など「手数料」ビジネスが徐々に広がります。メディチ家の「銀行業」も、富を背景にした金貨の発行が信用を築き、その信用をバックに手形の形で発展したようです。

 メディチ家など商人たちは定期的に教会に寄進したり、宗教画を発注したり、現在のメセナ活動に通じるパトロンとして芸術家を育てたのには、商売で「利益」を得ることへの「贖罪」の意識があったのでしょうか。

 また、メディチ家が没落と前後して、ローマ法王と対立する保守派というのでしょうサヴォナローラ.jpgか、その頭目の修道士ジロラモ・サヴォナローラ=写真㊨=が一時台頭し、贅沢を取り締まる一環で「虚栄の焼却」を呼びかけ、多くの芸術作品が灰塵に帰したそうです。ボッティチェリは自身の作品は燃やさなかったものの、サヴォナローラの影響を受けて作風は暗~くなっていきました。そんな作品は、ちょっと見ていてつらい気もします。なお、サヴォナローラは、最後は民衆により火あぶりにされたそうです。

 当日券は一般1500円、大学・高校生1000円、中学・小学生700円。開館時間は10時~19時、金・土曜は21時まで(入館はいずれも閉館30分前まで)。会期末まで休まず開館。

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 バラ好きの皆様待望の「国際バラとガーデニングショウ」(毎日新聞社などで作る組織委員会主催、公式サイト「http://www.bara21.jp」)が今年も5月12日(火)~17日(日)の6日間、埼玉県所沢市の西武プリンスドームで開かれます(「西武ドーム」から名前が変わりましたからご注意を)数十万輪のバラが会場いっぱいに咲き誇ります。

 ご存知、世界のバラと美しいガーデニングを紹介する国内最大級の祭典で、回を重ねて第17回。季節の風物詩としてすっかり定着し、過去16回の来場者は累計400万人近くになるそうです。

 今年のテーマは「デリシャスガーデン」。豪華な花をふんだんに飾ったゴージャスな「見る」ガーデンから、毎日の生活に密着した「参加、体験する」ガーデンに――来場者の意識は近年、こんな風に変化しつつあるといいます。この流れに沿って、今年は家族で食事やお茶を楽しむ屋外のリビングルームをイメージした倉本聰.jpgガーデンなどが主役になるということです。

 毎回人気なのが特別企画。ます「風のガーデン」です。北海道・富良野を拠点に活躍する脚本家・倉本聰さん=写真㊧の左側、ショウ公式HPより=の同名ドラマを覚えている方もあると思います。その舞台になったガーデンは北海道を代表するガーデナー、上野砂由紀さん=写真㊧の右側=の制作でした。今回、これをイメージした庭がお目見えします。倉本さんが名付けたバラ「岳の夢」「ルイの涙」なども初登場するそうです。

 もう一つ、話題なのが、英国貴族出身のベニシア・スタンリー・スミスさんの庭です=写真㊨㊦、公式HPより。京都・大原の古民家でハーブや季節の植物を育てて暮らすことで知られるベニシアさん。多くの人を引き付ける彼女のライフスタイルとともに、庭を再現します。

 おなじみの「ローズアベニュー」は、今年のトレンドに沿って"レッドカーペット"のイベニシア.jpgメージだそうです。特に少し黒みがかった赤いバラが人気とか。ローズスタイリストの大野耕生さんがオススメするレッドローズで彩られたアベニューをくぐれば、日常から解き放たれるでしょう。スウェーデンが生んだ名女優の名を冠したバラ「イングリーッド・バーグマン」も、生誕100年を記念して登場します。

 このほか、「イェンス・イェンセンのコロニヘーヴ 北欧のガーデンスタイル」「古谷桂子のアンデルセン物語の庭」「ケイ山田 オールドローズあふれる庭づくりHappy Garden 25」など。さらに、パティシエ辻口博啓のお菓子の家ドルチェ ローズガーデン」など見所いっぱいです。

 開園時間は9時半~17時半、最終日は17時まで(入場は終了30分前まで)。前売り券は大人(中学生以上)が1900円(当日2200円)、小学生以下無料(保護者同伴)。問い合わせはハローダイヤル(03・5777・8600、8~22時)。

 一般公開に先立って11日の開会式の日に入場できる特別内覧会もあります。入場料は大人3000円(500円の公式ガイドブック付き)と、ちょっとはりますが、12時30分からの開会式の後、13時30分から、一足先に会場を回ることができます。ちょっと奮発してみてはいかがですか?

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 久しぶりに「ぶら」っとパレスサイドビルを出て歩くシリーズ。

 昼休みに江戸城を散歩しました。3~4月のサクラ、その後に突然という感じで溢れ出る緑、そして4月後半から5月はツツジですね。お目当ては東御苑。二の丸庭園の諏訪の茶屋の前の辺りは一面、赤、紫、ピンク、白と咲き誇り、なにやらじゅうたんのようでもあります=写真㊤

 宮内庁ホームページの「東御苑 花だより」のコーナーによると、「クルメツツジ」が多数開花中とあり、花の紹介では――

クルメツツジ(ツツジ科)

別名はキリシマ。古くから各地の庭園などにも植えられ、霧島山ではクルメツツジに極めて近いものがあります。4~5月、枝先に赤色の花を2~3個開きます。葉は互生し、小型で厚いです。

――との説明が載っています。●DSC_5390小.jpg

 キリシマ(ツツジ)という名に馴染みがある方も多いでしょう。同じという解説で、学名はいずれも「Rhododendron obtusum」です。ただ、ルーツの違いを言う人もいます。すなわち、いずれも九州に自生していたヤマツツジなどをベースに、クルメが久留米藩(福岡県)、キリシマが薩摩藩(鹿児島県)で、それぞれ選抜(良い個体を選んで交雑)・品種改良されたものだと。さらに、キリシマには九州の九重、雲仙、霧島などの山地に生えるミヤマキリシマが混じっているとか、どっちにもミヤマキリシマは入っているとか、もともとキリシマを久留米でさらに品種改良したのがクルメだとか、クルメはキリシマに比べるとやや葉が大きいとかいろんな解説があります。いずれにせよ、大差ないということのようですネ。

 ツツジ類は元々はアジアを中心に広く分布していたそうで、アジアから欧州に持ち込まれたタイワンツツジが園芸化されたものが「アザレア」で、日本では「西洋ツツジ」とも呼ばれています。

 さて、今週は結構気温が上がっていますが、二の丸庭園は他にも見所いっぱい。というか、この季節、東御苑内を●DSC_5402小.jpg歩くだけで気持ちがいいです。二の丸池の近くのカエデの緑が美しく=写真㊧㊤、池の畔の藤棚も、まさに見ごろ=写真㊨

 東御苑は9~17時開演(入園は16時30分まで)、無料で誰でも入れます。月曜と金曜は休園ですが、連休中の5月4日は休まず、開園されるそうです。

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