【2013年9月】のアーカイブ

 先日、竹橋からも近い麹町の少年像の着せ替えに続き、ブルガリアのソ連兵像の改ざんの話を書きました(9月13日)。でも、世界にはもっとスケールの大きな着せ替えもあるようです。

 「ROCKET NEWS24」というサイトで見つけました(http://rocketnews24.com/2013/07/03/343621/)。ルーブル美術館の古代の彫刻に服を着せちゃったというお話です。

 ルーブルの彫刻と言えば、「ミロのヴィーナス」や、「サモトラケのニケ」をまずル①バッカスの巫女.jpg思い浮かべますが、「ミロ」にはさすがに遠慮したのか、また、「ニケ」は顔がないからか、両者は避けたようです。

で、㊤の写真はオーギュスタン・パジュの「二人の子供とバスク地方のタンバリンを持つバッカスの巫女」(着衣のないいつもの姿は)。

 他ル⑩.jpgル⑨.jpgにも、いくつか面白いのを紹介しましょう。最初の二つは「水浴」で、上がクリストフ・ガブリエル・アルグラン作「水浴する女(別称ヴィーナス)」、次がジョセフ・チャールズ・マリン作。あとは正確な作品名や作者は知りませんが、キリストの像、最後は何でしょう、よくわかりません。

 ルーブル行ったことがある方はご存知でしょうが、「ミロ」をはじめ、歴史的な作品が、そこらへんに並んル③水浴.jpgル④水浴2.jpgでいるんです。ホント、触れることができるくらいの感じで。そんな記憶があるので、意外に簡単に服を着せるのにも許可が出たのかなと思ったのですが、記事をよく読むと、合成写真なのです。

 そらそうだよな、ちょっと考えれば・・・って言うか、考えるまでもないでル⑥キリスト2.jpgす。 これらの写真は、彫刻の体型に近い人間ル⑤キリスト.jpgのモデルに服を着せてスタジオで撮影した写真と、元のルーブル美術館で撮影した彫刻の写真とを、アレックス・ペルサニさんという芸術家が合成したそうです。そういえば、よく見ると、首や肩にくっついているはずの髪の毛部分の下に服が入り込んでいるなど不自然ですよね。

 それにしても、どんなに美しい彫刻でも石は石、っていう感じは否めませんでしたが、服を着るとこんなに人間らしくなって、今にも動き出しそうに思えル⑧.jpgるものなんですね。改めて驚ル⑦.jpgきました。

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富岡八幡宮.jpg パレスサイドビルのある地下鉄東西線竹橋駅から門前仲町までは4駅。仕事の合間を見つけて「深川の八幡さま」として親しまれている富岡八幡宮=写真㊨=まで足を延ばしてみました。

 富岡八幡宮は1627(寛永4)年、当時永代島と呼ばれていた地に御神託により創建。周辺の砂州一帯を埋め立てて社地と氏子の居住地を開き、6万500坪の社有地を得たとされています。世に「深川の八幡様」と親しまれ、今も昔も変わらぬ信仰を集める「江戸最大の八幡様」です。

 大鳥居の傍らに、江戸時代後期の測量家・伊能忠敬(いのう・ただたか)の銅像=メーン写真=が建っていました。比較的新しく平成13年に建てられた銅像の横には、三等三角点(測量に用いる際に経度・緯度・標高の基準になる点)も設置=写真㊦=されていました。伊能忠敬は1745(延享2)年1月11日生まれ、享年は満73歳です。上総国山辺郡小関村(現在の千葉県山武郡九十九里町小関)の生まれ。18歳の時に婿養子に入った下総国香取郡佐原村(現在の香取市佐原)の伊能家は酒、醤油の醸造、貸金業を営んでいたといわれます。50歳の時に隠居、その後の1800(寛政12)年から1816(文化13)年まで、足かけ17年をかけて全国を測量し『大日本沿海輿地全図』を完成させ、日本史上はじめて国土の正確な姿を明らかにした人です。日本で初めて金星の子午線経過を観測した人物でもあります。

 その壮大な足跡もともかく、それを隠居してから成し遂げたというのは、とても真似はできませんが、リタイア後の第2の人生の完璧なお手本ですね。50歳を過ぎてから天文学・測量術を学ぶために忠敬は深川黒江町(現・門前仲町1丁目)に住んだとされ、測量旅行出発にあたっては必ず富岡八幡宮を参拝していたということです。銅像は、黒御影石に刻まれた伊能日本図を背景にして建ち、右足を踏み出しています。55歳の忠敬が杖先方位盤を手に力強く測量への第一歩をしるした姿です。

三等三角点.jpg 主演・加藤剛、妻・お栄役は賀来千香子、2001年東映配給の映画「伊能忠敬-子午線の夢」はこの忠敬を描いた良い映画でした。第2の人生を勇気づける映画ですが、残念ながらDVD化はされていないようです。

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 東京タワーの直下で豆腐をいただきました。「芝とうふ屋うかい」というお店です。ミシュランガイド東京で一つ星を獲得したこともあるそうです。

 店の名の通り、売りは豆腐。厳選された国産大豆を使用、「武蔵国・大和田の銘水」として知られる八王子市で120メートル掘り下げた井戸で汲み上げた水と、海水を天日干しして造られた天然のにがりで作り上げたこだわりの一品。伺った時、使用している大豆は「北海道産鶴の子大豆」だと聞きました。

 料理は、先付等は季節で変わりますが、季節を通じて一貫している名物が二つ。メーンともいえるのが「豆水とうふIMG_5457.JPG=写真㊤=で、出汁にジュンサイが泳いでいて、さっぱりいただけました。行ったのは夏だったので、おそらく期間限定バージョンだと思われ、ホームページやグルメサイトを見ると、通常は豆乳を使ったクリーミーな出汁が特徴のようなので、次の機会の楽しみにします。

 もうひとつは「あげ田IMG_5447.JPG楽」=写真㊨=で、庭の田楽処で焼き上げられたそうです。香ばしくてなかなかいけました。

 料理もさることながら、ここの特徴は庭を含む「器」です。タワーのところはちょっと小高い丘ですが、門=写真㊧=を入って土塀に沿ってタワーを登っていくような石畳を上がっていくと、米沢から移した築200年の造り酒屋の建物が現れます。樹齢百年を超える木々も植えられ、築山、滝や小川、水車、コイが泳ぐ池を配した日本庭園を造っちゃったのにも感心します(ここは以前は確かボウリング場だったはずです)。こんな庭を眺めながらの食事は、ちょっとした異次元の趣。贅沢な時間でした。

 まあ、空間づくりの狙いは十分に理解できます。それをよしとするか、やり過ぎと思うか・・・。

 東京タワーの最寄駅は都営大江戸線の赤羽橋。竹橋からは門前仲町乗り換えで、30分ほどです。

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 今年は日本とベトナムが外交関係を樹立してから40周年にあたる記念の年です。ベトナム戦争では在日米軍基地からB52爆撃機が北爆(北ベトナム爆撃)に出撃したり、これに反対する反戦運動が盛んに行われたり、日本国内も騒然とした時期もありました。ベトナム戦争終結、その後は東西冷戦も終わり、ベトナムとの関係も、紆余曲折を経て、最近は良好な由。結構なことです。

 ということで、今年はいろいろな友好を盛り上げるイベントがあるようですが、その一つとして、パレスサイドビルに本社を置く毎日新聞社の主催で、ベトナム国立交響楽団のコンサートが27日夕、東京・初台の東京オペラシティコンサートホールで開かれます。

 正直、オケのレベルはよくわかりません。1959年創立と、歴史はまだ浅く、決して豊かな国ではありませんから、なかなか厳しい環境での活動と思われます。それでも1984年以降は文化情報省(現文化・スポーツ・観光省)の援助を受けて活動するようになってレベルアップし、2011年にはニューヨークのカーネギーホールでの演奏も成功させるなど、近年は目覚ましい飛躍を遂げているということです。

 この発展を支えているのが、今回も指揮する本名(ほんな)徹次さ本名徹次2.jpgん(56)=写真㊨=です。2001年から同楽団の指揮者を務め、2009年に音楽監督兼首席指揮者に就任し、世界的な日本人音楽家との共演など両国の文化交流と楽団の音楽的水準の向上に貢献。これらの功績から、2012年にはベトナム政府より文化功労賞を授与されています。

 毎日新聞などの報道では、本名さんは、練習に遅れてくるのは当たり前だった楽団員に寄り添い、最初は月100ドルの報酬で「無名の楽団が、無名の指揮者と世界を目指す」という夢に取り組んできたといいます。本名さん自身、中学でトロンボーンを始め、東京芸大器楽科に進んだものの、指揮者を志して中退、欧州に渡って実績を積み上げてきた"反骨の人"。発展途上のアジアの国のオケと、波長が合ったのでは。2010年のハノイ建都1000年祭での「マーラー 一千人の交響曲」演奏会を、多くの日本人演奏家らの協力で成功させ、「戦争に終始したこの国に音楽の花を咲かせた」と賞賛を浴びたといいます。成長するオケの情熱溢れる演奏を期待したいですね。

 曲目は武満徹「弦楽のためのレクイエム」、ベトナム人作曲家グェン・ティエン・ダオ「ピアノ協奏曲『コンチェルトヴィーヴォ』」(ピアノ独奏は児玉桃さん)、ベートーヴェン「交響曲第7番」。18時30分開場、19時開演。チケットはS席6000円、A席5000円、B席3000円。

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 パレスサイドビルでは927日までの予定で、消防法で義務づけられている屋内消火栓点検と消火栓ホースの耐圧試験を行っています。消火栓1.jpg

 トイレ入り口脇などにある、写真㊨のような消火栓をご覧になった方も多いと思います。これが一93カ所あり、ホースが各2本、計186本備えています。イザという時、水が出ないとか、ホースが傷んでいて消火できないなんてことになったら困るので、日ごろからチェックを怠れません。ということで、消火栓は半年ごとに定期点検が義務付けられているほか、ホースは「設置後10年で更新」とされ、10年を超えて使う場合は「3年に1回、耐圧試験を実施する」と決められているんです。耐圧試験には、写真㊤のように、専用の試験機を使用。消火栓ホースの端末部に所定の水圧(0.7パスカル)を5分間かけて水漏れ等が無いかを検査します。

 併せて、消火器の定期点検(半年ごと)も実施。ビル内に計400本余りあり、こちらはすでに終了しました。下の写真のように、一定の割合で抽出して分解チェックします。①本体を固定してふたを開け、②中身を取り出し、③調整して出来上がり――という作業に、残暑の日差しの下、汗を流しました。

●IMG_7755トリ.jpg●IMG_7766トリ.jpg

●IMG_7768トリ.jpg

 

 

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 パレスサイドビルからぶらり、北の丸公園も秋めいて木の実が色づいてくる季節になりました。同僚が数日前に気象観測露場の近くで撮ってきたドングリ=写真=は、台風18号の襲来を挟んでしまったので、もう落ちてしまったでしょうか。

 ㊤ドングリ笛.jpgドングリといえば、ころころと露面に転がった茶色のドングリの方をどうしても先に思い浮かべてしまうのですが、北の丸公園に遠足に来た子どもたちがドングリを拾い集めておうちに持って帰った後に、もう一度遊べるサイトを見つけました。

 

 

 

 

 

 

 

 「あそび教室のホームページ」(http://45web.net/donguri_koma.htm)というリンクフリーのサイトで、昔の子どもの遊びがイラストと写真で紹介されています。

 あなたは子どものころ、ドングリを使った遊びをいくつ経験しましたか。

 まず簡単なところで楊枝(ようじ)を刺して独楽(こま)に。まっすぐに楊枝が入って綺麗に出来上がった独楽が一番長く回ります。友だち数人でドングリ独楽を作って、「ヨーイド㊥ヤジロベエ.jpgン」で回し始めて、誰の独楽が最後まで倒れずに回るかを競います。

 ドングリ笛=写真㊤=もドングリと楊枝だけで作ることが出来ます。ドングリを、コンクリートの地面でこすって穴を開け、中身を楊枝を使って、ほじくり出します。時間をかけて丹念にほじくり終わったら完成。口に近づけて、勢いよく吹くと「ヒュッ」と高い音が鳴ります。

 ドングリを3個使えばヤジロベー=写真㊥=が出来ます。写真㊦のネズミの人形はちょっとハイレベルで㊦ドングリ人形.jpgす。思い出せば、私はこのサイトの ドングリ遊びはすべて経験していました。北の丸公園でドングリを拾ったら、ぜひお子さん(お孫さん)と一緒に昔に返って作ってみてください。

(ドングリ笛、ヤジロベー、ドングリのネズミの写真は「あそび教室のホームページ」から借用させていただきました)

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 今宵19日の夜は「中秋の名月」=十五夜です。東京地方は晴天が見込まれ、鮮やかな満月を愛でることができそうです(一足早く昨夜、撮影してみましたが、さすがにスマホでは限界があり、おぼろ月夜かハレーすい星みたいになっちゃいました)。

 「中秋」とは、旧暦の秋(7、8、9月)の真ん中の「日」を指し、旧暦8月15日のことです。同じ読み方で「仲秋の名月」と漢字が違うのを見かけることもありますが、「仲秋」の意味は秋の真ん中の「月」、つまり「旧暦8月の月」を指す言葉だそうです。

 「月見」の習慣は中国から渡ってきたといわれますが、原始的にはどこでも自然発生的に眺め、ありがたがり、あるいはお願いごとをしたんじゃないでしょうか。ただし、奈良・平安の時代から宮中で観月の宴が催されるなど、上流階級の祭事は中国の影響もあったのでしょう。庶民のレベルでは、季節柄、実りに感謝し、来年の豊作を祈る収穫祭として定着したと思われます。

 ところで十五夜=満月とは限らないって、ご存知でした? 恥ずかしながら、最近、知りました。今年、つまり本日は満月ですが、2010年代ではこれが最後で、次は2020年東京五輪の1年後の2021年9月21日の十五夜が8年ぶりの満月になるのです。

 旧暦は、新月の日(月が地球と太陽のちょうど間に来た瞬間を含む日)を各月の1日としていました。1カ月は29日間か30日間ですが、実際の周期は29.5日で、周期に微妙なズレが生じ、新月から満月の日(地球から見て月が太陽の反対側に来た瞬間を含む日)までの日数がいつも15日であるとは限りません。このため、満月を愛でるはずの十五夜が満月でないという事態が度々生じるのです。

 2011年から3年連続で十五夜=満月でしたが、その前の2010年は十五夜が9月22日、満月が23日でした。来年は十五夜が9月8日、満月は9月9日で、以後2020年まで7年続けて十五夜と満月が1~2日ズレます。

 そう思うと、今年の十五夜は一段とありがたいような気分になります。今宵、東京の月の出は17時22分。パレスサイドビルは夜に屋上を開放していないので、そこから見ていただくことはできませんが、お月さまは東~南東に上るので、ちょっと近代美術館のあたりから「月とビル」のコラボをご覧ください。

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 いよいよ来週いっぱいです。NHK「あまちゃん」。朝の放送前に出勤し、夜帰宅するサラリーマンには、見逃す危険もあります。で、ここだけの秘密なんですが、当毎日ビルディングでは、昼休みの1245分から125959秒まで、会議室の片隅に数人のオジさんたちが集まって、ボリュームを極力絞ったテレビにかじりついています。「あまちゃんクラブ」という秘密結社ですが、何人か、「あまちゃんロス」の症状が出そうです。(それってお前のことだろ、って突っ込みを入れられそうですが。)

 で、GMT5GMT6?)のメンバー「キャンちゃん」こと喜屋武(きゃん)エレンちゃんを演じている女優の蔵下穂波(くらした・ほなみ)さんのサインをゲッBNhZUwNCcAAHdEn.pngトしました。(見せびらかしたいだけなんです、スイマセン。)

 で、どうやって手に入れたかと言うと、子ども(小学生)の同級生のお父さんがテレビ関係にお勤めで、収録の合間に色紙にサラサラっと書いてもらって頂戴した次第。私自身、何の努力もしてない、100%タナボタですが、子どもは、春の運動会で沖縄舞踊「エイサー」を演じ、夏休みの自由研究では沖縄からの学童疎開船「対馬丸」の撃沈のことを調べていたこともあって、"沖縄つながり"で大喜びです。

 で、蔵下さん、応援したくなっちゃいます。調べてみると、1993年生まれ、沖縄県出身、高校の部活はバスケットボール、特技は琉球舞踊、主な出演作品は映画が「ホテル・ハイビスカス」(2002年、中江裕司監督)、「真夏の夜の夢」(2009、同)、「紫陽花とバタークリーム」(2012年、井川啓央監督)、そしてNHKドラマ「つるかめ助産院~南の島から~」(2012年)。特に小学校3年の時に「ホテル・ハイビスカス」のオーディションで3100人の中から主役・美恵子役を射止めてスクリーンデビューを果たしたって言いますから、相当なもの。芸歴10年以上。"ポッと出"とは違います。

 で、「あまちゃん」のキャンちゃんは「なんくるないさ~」(なんとかなるさー)とみんなを励まして、いい味出してます。番組公式サイトで、蔵下さん自身が書いているところでは、

「私とキャンちゃんの似ているところは、いつもボーッとしているところです(笑)。撮影の合間にメンバーでしゃべっているときも、ついついボーッとしてしまって、みんなの話を聞いてなくて、よくリーダー(松岡茉優さん)に怒られますね。」

とのこと。見たまんまなんですね。

 で、サインですが、味があると言うか、なんか、字にも彼女の雰囲気が出ていて素敵じゃありません?

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 竹橋はじめとする駅で、スマホなど携帯端末を歩きながら扱う「ながら歩き」の話の続きです。

 このネーミングが当を得ているか、スマホや携帯電話に限った言い方ではない、と疑問には思ってたんですが、なんとなく使ってきました。で、新宿で見かけたdocomoの大きな宣伝では「歩きスマホ」です。ウ~ン、こっちの方がよさそうだなぁ。旧来の携帯からスマホに乗換えさせたい携帯会社の"下心"に「?」は残りますが、携帯電話の人も含めて今から「歩きスマホ」にします。

 さて、どのくらいの人が「歩きスマホ」をしているのでしょうか。時間、場所によりますが、ざっと見て、駅では半分とは言いませんが、時間帯によっては4分の1から3分の1の人が「歩きスマホ」してるような気がします。ホームで待っている人、車両内は「止まりスマホ」ですが、こっちは半分近い人がたやっていると思われる時もありますネ。

 ところで、男性と女性では、どちらが「歩きスマホ」が多いでしょうか。周辺に聞いてみると、「女性が多い」と言う声が強いように思います。統計がないかとググってみたら、ある探偵会社が調査してサイトで分析しているのを見つけました。

 「掲示板などでこの話題が出るたびに『若い女に特に多い気がする』などの意見が多い」ということで、実際に町にでて「歩きスマホ」してる人を100人に達ながら男女.jpgするまでカウントして男女比を調べたんですって。結果は男55人、女45人。「女性が多い」という通説は否定されました。

 それでも同サイトは探求を続けます。そして、サンプルを詳細に分析した結果、「歩きスマホ」して前方の物や人にぶつかる人数は、男が55人中1人、女は45人中3人と、女性の"事故率"が高いことを突き止めます。「男の方が、携帯いじりながらもチラッチラッと前方を小刻みに確認する頻度が圧倒的に多かった。女性は・・・没頭しすぎる傾向にあるのか」(http://www.tanteifile.com/diary/2013/06/02_01/http://www.tanteifile.com/diary/2013/06/15_01/=写真は同サイトより。

 ただし、男に対し「『俺避けられるし』と余裕こいて、携帯見ながら歩く奴が女より多いとも考えられる」とのコメントも。

 あなたはこの分析、どう思われますか?

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 竹橋から地下鉄をちょっと乗り継いで訪ねた千代田区・麹町4丁目交差点の「夏の思い出」という少年像の着せ替えの話を8月27日の当ブログで紹介しましたが、政治的な「着せ替え」というか、改ざんと言うか、まあ、銅像に色を付けちゃう話も時々あります。

 日本では気に入らない像に赤ペンキをぶっかけるなんていう野蛮なの(?)が多いみたいですが、今回ご紹介は、粋と言うとなんですが、東欧のブルガリアという国の、勇ましそうな像がピンクに塗られちゃったというソ連兵の像5.jpg話です=写真㊤。時事通信社が8月に配信した記事によると、首都ソフィア中心部に建つ像が一夜にして塗り上げられたそうで、下の文字は「ブルガリアは謝罪する」。写真にはありませんが、横には「プラハ'68」の字もあります。45年前の1968年8月20日、ソ連軍を中心にした旧ワルシャワ条約機構軍が、当時のチェコスロバキアに侵攻し、「プラハの春」と呼ばれた民主化運動を鎮圧しました。これにブルガリア軍も加わっていたことを謝っているのです。

 この像は、第2次世界大戦でソ連軍がブルガリアを「解放」したことをたたえる像と思われます(東欧にはこの手の像がいっぱい造られました)。元々は写真㊨㊦のような姿ですが、ネットで検索すると、次々と、いろんな姿がヒット。例えば2011年6月に 写真㊧のスーパーマンの衣装などに塗られ、さらに、2012年2月には写真㊧㊦のようにヘンなお面を被らされたことも。きっと、落書ソ連兵の像6.jpgき・いたずらの名所なんでしょう。出来栄えはスーパーマンが圧勝ですネ。 

ブルガリアは第2次大戦でドイツに加担した歴史もあります。冷戦は終結しましたが、民族的、政治的、経済的に今も旧ソ連圏の関係は複雑なようで、同国ではこの像を撤去すべきか否か論争が続いているそうです。

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 パレスサイドビルのテナントの皆さんや来館者にご迷惑をかけていた屋上ベンチの塗装リニューアル工事がもうすぐ終わります。工事は天候に影響されますが、連休明け17日ころには復旧しているはずです。(写真㊤は既にリニューアルの済んだ工区)

 都心の景観を一望できるパレスサイドビルの屋上からはスカイツリーと東京タワー、空気の澄んだ日には遠くビルの谷間に富士山も見えます。当ビル自慢のコーナーです。

 ベンチ・記事中①.JPG屋上には3~4人が座れる背もたれベンチ101脚と喫煙ベンチ12脚を備え付けて、憩いの空間として提供しています。背もたれベンチ101脚はどこにでもありそうな、ごく普通の木製ベンチに見えるのですが、実は少しこだわって、ベンチの脚は4本ではなく両サイドに2本だけ、なのです。もちろん床面にしっかりと埋め込んで固定されていて、脚パイプはそこからS字型に上に延び、お尻の当たる部分・背中の当たる部分の木製板を同じ1本のパイプで支える構造です。2本脚ですくっと立っている、とってもお洒落なベンチなのです。ですが、普通の4本脚のベンチと違ってメンテナンスに少々手間が掛かります。

 というわけで今回は、パイプ脚のS字湾曲が変形していないか、木製座面を固定するビス周りや湾曲部が腐ベンチ・記事中②.JPG食していないか、木製座面に割れなどの劣化はないか、点検すると同時にパイプ脚部と木製座面を塗装し直してリニューアルしました。ちょっとだけ背もたれが傾き過ぎていたのが3脚あったので、これは他のベンチと同じ傾きに戻しました。もしもそのリクライニング風の3脚がお気に入りのお客様がいらしたら、ゴメンナサイ。

 ご存知のとおり、パレスサイドビルの屋上は午前11時30分~午後2時まで開放しています。これからの季節、屋上で爽やかな秋風も楽しめますね。

写真㊥が座面を取り外したパイプ脚、S字の2本足だ。写真㊦はオリーブ色の木製保護塗料を塗り終えた座面)

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2013

11

9

風立ちぬ

 見て、泣いてきました。

 話題の映画ですから、日曜の夕方なのに、川崎の映画館は親子連れ、若者のグループ、カップルなどで満席。映像の美しさは、さすがジブリでした。

 宮崎駿監督最後の作品というだけでなく、たばこを吸うシーンに禁煙学会からクレームをつけられたり、韓国では戦前の日本の侵略を美化する映画といった批判も受けるなど、話題になり、物議も醸しました。新聞の映画評なども「結果的に戦争に加担した二郎の葛藤はほとんど描かれず、文明批判や"社会派"を期待すると肩すかし」(毎日新聞7月19日夕刊)など、ジブリ映画にしては、いつになく辛口が多いのではないでしょうか。

 公式サイトの「企画書」には次のようにあります。

 「零戦の設計者堀越二郎とイタリアの先輩ジャンニ・カプローニとの同じ志を持つ者の時空をこえた友情。いくたびもの挫折をこえて少年の日の夢にむかい力を尽すふたり・・・この映画は戦争を糾弾しようというものではない。ゼロ戦の優秀さで日本の若者を鼓舞しようというものでもない。・・・自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。夢は狂気をはらむ、その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもあ る。美に傾く代償は少くない。・・・この作品の題名「風立ちぬ」は堀辰雄の同名の小説に由来する。ポール・ヴァレリーの詩の一節を堀辰雄は"風立ちぬ、いざ生きめやも"と訳した。この映画は 実在した堀越二郎と同時代に生きた文学者堀辰雄をごちゃまぜにして、ひとりの主人公"二郎"に仕立てている。後に神話と化したゼロ戦の誕生をたて糸に、青年技師二郎と美しい薄幸の少女菜穂子との出会い別れを横糸に、カプローニおじさんが時空を超えた彩どりをそえて、完全なフィクションとして1930年代の 青春を描く、異色の作品である」(原文のまま)

 ストーリーを詳しくは書きませんが、実在の二郎夫人は天寿を全うされ、菜穂子は架空の人物であり、堀辰雄の婚約者がモデルと思われます。いずれにせよ、戦時中の青春には、痛々しいまでの純粋さと、どうにもできない苦悩が同居しているということを伝えたいのではないか・・・いや、痛ましいだけに純粋さが際立つのか・・・それだけ奥が深い、宮崎監督の「有終の美」にふさわしい映画だと考えていいのではないでしょうか。

 上映終了後、小学生の娘は「菜穂子は死んじゃったの?」と尋ね、そうだ生きねば.pngと言うと、「可哀そう」と涙ぐみました。最期をさらりと通りすぎたのは、「あまちゃん」で津波の悲惨さをリアルな映像では描かな いのに共通するようにも思えます。それでも、私はラスト10分余り、涙が止まりませんでしたが、最後に、二郎の「生きる意思」がポイントだと、素直に感じられました。

 映画のキャッチコピーです=㊨=。公式サイトに次のようにあります。

 「このコピーは宮崎監督の代表作『風の谷のナウシカ』とも大きなつながりがある。・・・『風の谷のナウシカ』最終巻である第7巻の最後のコマにでてくる言葉、それが『生きねば・・・』である

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 全国の4割を占める約150軒がここで軒を連ねています。地元の人たちよりも出張のサラリーマンや観光客に人気の夜のスポットです。豚骨ラーメンのバリカタ(カタ麺よりさらにカタく茹でた麺)でもお酒でも、お好きなメニューでどうぞ。

 福岡市の屋台の話です。パレスサイドビルを運営管理する㈱毎日ビルディングが管理している毎日福岡会館は福岡市中央区天神にありますが、市中心部を流れる那珂川を挟んで、すぐ対岸は「九州最大の歓楽街・中洲」。博多湾に注ぐ那珂川が地名の由来どおり中州を作っていて、そこは北東から南西にかけて長さ約1㌔×幅約200㍍の細長く狭い地形で、夜ともなれば約3500軒の飲食店や風俗店などが灯りをともします。この那珂川沿いに並ぶのが博多名物の屋台です。福岡市にはこのほか昭和通りや長浜地区にも屋台が軒を連ねています。

 この屋台の営業適正化へ、今月から福岡市屋台基本条例が出来たそうです。屋台に営業ルールを守ってもらうのが狙いで、ルール違反の悪質屋台には『退場』を命じるという仕組みです。

 屋台は大きな観光資源になっていますが、一方で道路の占有や悪臭などの問題で地域住民からの苦情も絶えません。福岡市や福岡県警は1990年代半ば以降、規制を強化。特に「名義貸し」を禁じたことで、1965年当時、福岡市に400軒余りあった屋台が2011年4月には156店にまで減少するなど衰退しました。この状況に危機感を持った高屋台サブ.jpg島宗一郎・福岡市長が、総務省から出向している20歳代の若手を"屋台課長"に抜擢するなどして屋台営業適正化のため法的根拠の強い条例で指導を強化することにしたというわけです。

 屋台と地元との軋轢の背景には、「天神、中洲の九州で一番地価の高い一等地で、土地代も払わず営業するのは不公平」という声が中洲の飲み屋街にあります。屋台の中には観光客相手にボッタクリに近い飲食代を吹っかけたり、酔い客の立ちション・食べ残しの異臭を掃除しないままのところなどもありました。この条例で、ともかくも共存の道を探って欲しいものです。

 さて屋台の写真を頼んだ毎日福岡会館の同僚たちはきっとこの夜は、そのまま屋台に繰り出したのでしょうか。それとも中洲の3500軒の飲食店のどこかに吸い込まれてしまったのでしょうか。そこは聞き忘れました。

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 9日朝からパレスサイドビル西口玄関前で、献血バスによる献血を実施し、最終的に63人に来場いただき、54人の方に献血していただきました。午後4時の終了時刻が近づいても多数の方に訪れてくださいました。ご協力、有難うございました。

 ここでの献血は2011年以降で4回目。直近の2012年3月の59人受け付け・51人採血を上回るなど、献血者はこの4回で最も多くなりました。

 私も採血していただきました。大昔にや何度もしましたが、近年はトンとご無沙汰で、献血カードも新たに発行していただきました(前は二つ折りの紙製でしたが、磁気カードになっていたんですネ!)。

 今回、できなかった方も、次の機会には、可能ならばよろしくお願いします。

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 只今9月9日午前10時50分。パレスサイドビル西口玄関前で、献血バスによる献血を実施中です。

 東京都赤十字血液センターによると、このところの豪雨などで、被害が出た地域はもちろん、災害には至らない地域でも献血件数が減ってしまい、全国的に血液が足りないそうです。

 元々、近年は化学療法や骨髄移植など輸血医療の目覚ましい発展の一方、少子高齢化の進展などに伴う献血者の減少で、血液不足が慢性化しているところに、このところの天候不順の影響が加わっているわけですから、赤十字も必死の様子です。本日9日午後4時まで受け付けています。目標は80人です。ビルにおられる方、お近くの方、ぜひ、ご協力をお願いします。

 ところで献血と言うと、昔は200mlでしたが、最近は原則として400mlです。血液は、同じA型、O型などでも一人々々で微妙に異なっているので、多数の献血者から輸血するほど、副作用(発熱、発疹等)発生の可能性が高くなるため、できるだけ少人数の献血者による血液を使うことが望まれるからです。例えば1600mlの輸血を行う場合、200ml献血からの血液では8人分必要ですが、400ml献血では4人分なので副作用の発生確率が2分の1になるという計算です。

 受付はビル西口玄関を入った左手に置いたデスクで。午前11時~12時15分は休みですのでご注意ください。採血自体は10分程度ですが、医師による問診等を含め全部で30~40分かかります。

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震災訓練サブ.JPG パレスサイドビルはきょう6日午前10時から「震災対応訓練」を実施しました。5階毎日ビルディング事務室と1階防災センター、地下6階中央監視室を基点にしてビル館内全域で展開。毎日ビルディングの社員だけではなく業務委託をしている警備、設備管理、清掃会社のメンバーら合わせて約50人が参加し、45分間の訓練をしました。

 

 「訓練地震発生!!」の大きな声を合図に10時ちょうどに訓練スタート。震度6弱の強さの地震が起きたという想定です。全館停電になりますが、自家発電機に自動で切り替わって電源を確保。訓練ですので仮想の自家発電切り替えですが、自動だけではなく手動での自家発電切り替えも手順確認します。

 揺れが収まった10時2分には各部から次々と人員確認報告がなされて、と同時に社長を本部長とした「震災対策本部」が発足して第1号指示はガスの遮断をします。間髪を入れずに設備管理要員は予めのマニュアルと当日の指揮に沿ってビル内の点検に出発していきました。営業部も各階テナントの安否確認と駐車場内の点検に飛び出します。

 さてそこから事故発生。10時05分~30分にかけて、▽エスカレーター急停止人身事故・けが人発生▽地下1階店舗部で火災警報器発報▽16号エレベーター内3人閉じ込め事故発生▽1階店舗・たな崩れ下敷き事故・けが人発生▽地下機械室シャフト漏水▽駐車場監視モニター落下▽1階テナント部火災警報器発報・火災覚知、消火器初期消火――と訓練担当者が次々に仮想事故を起こしていきます。

 防災センターや中央監視室から緊急連絡と被害報告、対処の判断を仰ぐ電話が「震災対策本部」に入ってきて、息つく暇なく45分間の訓練をやり遂げました。

 

 終了後の午前11時から全体の検討会、午後1時からは「震災対策本部」要員の会議で、来月の訓練に向けた課題確認とマニュアル補足をしました。

 訓練を繰り返し、繰り返し、続けていく。「訓練で出来なかったことが本番で出来るはずはない」というのが手前味噌ながらパレスサイドビルの防災・震災対応訓練です。

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 あなたのご出身はどちらでしょうか? その地域にはもちろん方言があって、啄木の「ふるさとの訛りなつかし停車場の人込みの中にそを聞きに行く」ように古里の方言を思い出される方もおられるのではないでしょうか。

 「あまちゃん」で激しくなまる主人公、あきちゃんが人気だからって言うわけでもないでしょうが、知識探索サイト・ジャパンナレッジと東京女子大学篠崎ゼミ作成の「出身地鑑定 方言チャート」(http://ssl.japanknowledge.jp/hougen/=写真㊤=がちょっとした話題になっています。(このサイトには毎日新聞社が発行する週刊「エコノミスト」誌もコンテンツを提供しています)

 この「鑑定チャート」は方言に関する質問に答えるだけで、自分の出身の都道府県がわかるというものです。東京女子大・篠崎晃一教授の指導のもと、11人のゼミ生たちによって開発されました。篠崎教授は、毎日新聞社との共著の方言・記事中.jpg『出身地(イナカ)がわかる!気づかない方言』(2008年毎日新聞社発行、四六判945円)=写真㊨=でも「東京で通じない。場合によっては恥をかく。地方出身者を悩ます『気づかない方言』。最新調査をもとに初めて集大成」して評判を呼びました。

 同書の第1部「えっ!これって方言なの?」では、東京で使われる「気づかない方言」ベスト10として、例えば、「ばんそうこう(絆創膏)」を北海道の人は「サビオ」、熊本の人は「リバテープ」、佐賀の人は「カットバン」といい、「ガビョウ」は東日本の人が「画鋲」、西日本の人は「オシピン」、さらに中部・近畿の人はコーヒーに入れるミルクを「フレッシュ」という――などが紹介されています。今回の「出身地鑑定 方言チャート」はそのネット判定ようにアレンジしたものです。

 私も試してみました。結果は隣の県でした。ただし、隣県といっても15キロほどの距離ですから「そこそこ的中」というところでしょうか。

 ちなみに篠崎ゼミの「出身地」の定義は「3~4歳から13~14歳の言語形成期と呼ばれる時期に生活していた地域」。その時期に引っ越しの多かった場合は出身地の特定が困難になる場合もあるそうです。

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 4日午前、皇居の二重橋界隈を華麗な儀装馬車の車列が通りすぎました。信任状捧呈式に臨むイスラエルの新任の特命全権大使一行ということです。

 そんな風景が見られるという情報を聞いて、パレスサイドビルから10分余り、出発場所になっている日比谷通りの馬場先門交差点角、明治生命館(明治安田生命本社)前へ。午前10時半、二頭曳きの座馭式(ざぎょしき)と呼ばれる馬車が到着すると、ビル内で待機していた新大使(女性)=写真㊦=がさっと乗り込むと直ちに出発。関係者を乗せた馬車でしょうか、あとに2両が続き、それらの前後を皇宮警察騎馬隊の約10頭に固めらP9040348.JPGれ、馬場先門交差点を右折していきました。5分足らずのこと。かすかな雨がパラっときましたが、ほんの一瞬のことで、馬車は無事走り去っていきました。この後、皇居外苑から皇居正門を通って宮殿南車寄に至り、続いて新大使は信任状を天皇陛下に捧呈する式に臨んだはずです。外務大臣または他の国務大臣が侍立することとされていますが、この日はどなたが立たれたのでしょうか。

 捧呈式のための皇居への送迎コースは決まっていて、帰りは和田倉門から回り込んで明治生命館に戻るとのこと。送迎には皇室用の自動車か馬車が提供されていますが、宮内庁のホームページによると、馬車を使用している国は世界的に見ても英国やスペインなど数か国で、わが国の場合、馬車を希望する大使が多いそうです。ちなみに、送迎に使用される馬車のほとんどが明治の終わりから昭和の初めに製造されたもので、美術品的価値も有しているといいます。

 なお、イスラエルの新大使がどなたなのか、調べたのですが、大使館のホームページにも出てないようだし、よくわかりませんでした。

 こんなこと言うと怒られそうですが、イスラエル大使でしたから、明治生命館周辺の見物人は20~30人程度(通りすがりの人を含む)っていう感じで、警備の警察官も比較的のんびりムードでした。今度、アメリカの新大使にキャロライン・ケネディーさんが着任されるそうですから、その時は、きっと大勢の見物人が押し掛け、警備も厳重で大変なことになるんでしょうね。でも、ちょっと見てみたいなぁ。

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 「アートアクアリウム」というちょっと変わった展示が、日本橋三井ホール(東京都中央区日本橋室町2-2-1、コレド室町)で開かれています。

 難しいことは私も分かりませんが、金魚を美しく見せる、あるいは金魚を使って水槽をアートにする、と言えば少しは分かりいいでしょうか(魚は金魚でなきゃいけないわけではありませんが、金魚が多いようです)。

 コンセプトは「アクアリウム=水槽」と「アート」の融合。プロデュースしたのは木村英智さんで、ご自身のホームページのプロフィール欄には「変幻自在な水槽デザイン、ハイレベルな水質調整、知り尽くした生体管理と組み合わされる『アートアクアリウム』という独自の分野を確立させ、アクアリウムを用いて美術館でアートとして有料展覧会を開く唯一の存在」とあります。

 やっぱり、判ったような判らないような・・・。ま、黙って現物を見ればいいんですよネ、なにしろ圧倒的にきれい!!5.JPG

 日本橋での展示は、日本橋架橋100周年特別展として2011年にスタートして3年目。今年のテーマは「江戸・金魚の涼」だそうで、江戸時代に花開き、日本人に親しまれてきた金魚にスポットを当て、和をモチーフにデザインされた水槽と光・映像など、最新の演出技術が融合した水中アートです。主役の金魚たちは和金、出目金、琉金といったお馴染みの品種から地金、土佐金などの高級品種、珍しく愛らしい頂天眼やピンポンパールなど生きた芸術品を含め、約5000匹。㊤の写真のタイトルは「大奥」、会場の雰囲気は㊨のような感じ。今年の目玉は「京友禅」最高峰の着物を水槽に埋め込み、生きた本物の金魚と3Dプロジェクションマッピングで着物の柄を表現する「キモノリウム」で、時々刻々変化する模様が見られます=写真㊦(上手に撮れなかったのであちこちのサイトから拝借)。

  

  展示は9月23日(月)まで。11時~23時30分(最終入場 23時)。19時からは「ナイトアクアリウム」として音楽や照明の演出が変わり、ドリンクを片手に楽しめます。入場料は一般1000円、小学生以下600円、3歳以下無料。

 竹橋から地下鉄で銀座線に乗り換えて三越前駅A6出口のすぐ前。半蔵門線の駅からはちょっと離れているのでご注意。

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 ちょっと遅い夏休み、伊豆に行ってきました。

 お目当ては「イルカと泳ごう」です。訪れたのは伊東市の海岸沿いの「ドルフィンファンタジー」=写真㊧。桟P1050093.JPG橋のすぐ脇に20~30メートル四方くらいでしょうか、生簀があって=写真㊦㊨、そこに飼われた数頭のバンドウイルカと泳げる「スイムコース」です。ウエットスーツ、シュノーケリングの道具を借してくれ、インストラクターのお姉さんがついて指導してくれるので、4歳から参加できます(5歳以下は保護者同伴)。スイムタイムは約20分。

 今回、お相手してくれたのは、リオちゃん(だったと思う)ほか1頭。リオちゃんは、相当やんちゃなようで、あちこちぶつけて傷だらけ。まあ、皮が結構厚いので、そう痛くはないようですが。リオちゃんから近寄ってきてくれ、やさしくタッチ&ナデナデはOK。一緒に泳ごうというそぶりで誘ってくれ、慣れてくると並行して泳げました。体験した子どもの感想は「間近で見たら目がカッワイイ~」「体は結構硬くて、でP1050094.JPGも、すべすべした感じ」、そして「きっもちイイ~~!!」。

 「夢の時間」はあっという間に過ぎて終了。満足そうな、でも名残惜しそうな子どもの顔が忘れられません。

 ここは「ふれあいコース」(生簀の淵に座って触ったり、餌をあげたり、ジャンプなど芸のまねごとをインストラクターのお姉さんと一緒にする約20分)=写真㊦の2枚=もあります。泳ぐ「スイムコース」は、「ふれあい」と、漁船による周辺海域の周遊(約20分)もセットで、準備や待機を含め2時間余り。子どもが泳いでいるのを親が見るなどの「見学コース」、さらに障害のある人向けの「ヒーリングコース」もあるそうです(ホームページ「http://www.dolphin-fantasy.com/index.html」参照)。

P1050140.JPGP1050143.JPG 伊豆半島先端の下田市の下田海中水族館では、自然の入り江をそのまま利用してかこった海でイルカたちと一緒に遊んだり、泳いだりできるプログラムがあるそうなので、機会があれば行ってみたいものです。

 伊豆にはこのほか、子どもから大人まで楽しめるレジャー施設、美術館が多く、また、どこも温泉だらけですから、その楽しみだけでも十分に価値のあるところ。帰京の途中、熱海のMOA美術館にも寄って、大満足の旅でした。

 いまさらですが、竹橋など都心から伊豆はすぐ。新幹線に乗って東京-熱海が1時間前後。そこから伊東へは在来線で25分程度。下田でも熱海から1時間半の近さです。パレスサイドビルB1毎日新聞旅行で、日帰りをはじめ伊豆を訪ねる各種ツアーを扱っています。良いリゾート地が近くにあるって、幸せです。

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